巽ヶ丘空人
皆はスーパーマリオをプレイしたことがあるだろうか?
もし、家がとっても厳しくてゲームやマンガといった娯楽を与えられなかったり、
これは偏見で失礼なのかもしれないけれど、とっても貧乏でゲームもオモチャも買ってもらえなかったり
そういう場合じゃない限りは、多分おおよその人達が手にとって遊んだことがあるのかもしれない。
因みに俺は・・・・・・よく覚えていない。
まるで、まさしくマリオの後ろから壁が迫ってきてステージを飲み込んでいっていったかのごとく、忘れてしまった。
人生なんてマリオのステージみたいにドンドン忘れていってしまうみたいだ。
たとえでマリオを出したけど俺の場合はなんかそれとは違うような気がする。
俺のセーブデータはぼやけて消えたんじゃなくて、紙が燃えてその部分だけ食いつぶされてしまった。
そんな感じだ。
俺のセーブデータは小学5年生から上しかない。そしてその下は、真っ黒に焦げて、食い破られて
何も残っちゃいなかった。
母さんの腹からオギャーと生まれて、ハイハイを覚えて、自分の足で立てるようになって、
幼稚園を卒園して、小学校に入学して、毎日同じ通学路を歩いて学校からおそらく30分と掛からない家まで帰ってきてランドセルをおろす。そんな沢山の「あったはず」の記憶は、俺の知らない間に食い殺されてしまっていた。
俺は小学5年生のある日、記憶を失った。記憶喪失になった。
住んでいたであろう2階建ての一軒屋が火事になって俺の記憶は燃えてしまったらしかった。
俺の人生の横スクロールは、そんな風にして画面左端に掻き消えていったのだった。
気付いたときには、俺は病室に居た。
その時にはそこが病室だとか気付かなかったわけだけど、まぁ予備知識も漏れなくなくなってしまっていたわけなので、その時はただ起きたという感じだった。物心が付いたみたいな感じだった。
腕に点滴の針が刺さっていて、そこから細い管が伸びていた。
白いカーテンが閉められていて、外から看護師さんや他の患者さんが喋る声が聞こえているだけで
視界に入る動くものは点滴がポタポタと静かに雫をたらしているところだけだった。
こういう状態を朦朧としているというのだろうなと思う。無心というかまるで仙人にでもなったような感じかもしれない。
そうしてしばらくしていると看護師さんがカーテンをあけて俺が目を覚ましているのに気がついて
そしてすぐに俺の両親と呼ばれる人。父さんと母さんが駆けつけた。
さっきも言ったけど、生まれたばかりの感覚で、だから予備知識も記憶もない記憶喪失だったわけなので
当然なにが起こっているのかわからなかった。
それから、父さんと母さんは俺に対して本を読み聞かせたり、オモチャを与えてみたり色々してくれた。
子供扱いされているみたいだった。いや、だから子供なわけだけれどなんというか赤ん坊をあやすみたいな感じだった。
少し大袈裟だったかもしれない、過保護すぎたかもしれない。
そう思うと凄く世話をかけてしまったと思う。そういうときっと「何を言ってるんだ」とか言われてしまうだろうけれど。
もう少しあとから聞いた話だけれど、この頃の俺はとても余所余所しくて、本来は活発でセミみたいに煩いくらいだったのにまるで借りてきた猫のようだったらしい。
5年生の冬くらいには大分安定して家に帰ることが出来た。退院することができた。
もといた家は全焼してしまったので新しい家、というか部屋だった。都内に建てられたアパートの一室。
本来の家を知らないので新しいっていう実感はそんなにないわけなんだけどね。
6年生、小学校での生徒として最年長の階級。俺は小学校に復帰した。
気分としては最年少の1年生のような気分だった。手と足が同時に出てしまう感覚。
最初の日は母さんが車で送ってくれたので登校中に誰かに会うことはなかったが、先生と母さんが何か所謂大人の事情とかそういうのを話したあと、俺は先生に教室に連れて行かれた。先生の後姿を追ってランドセルを背負ったまま連れて行かれた。
チャイムが鳴り終わったあとというのもあって、廊下は沢山の教室の中からガヤガヤと生徒や他の先生達の声が聞こえていた。煩いと感じない程度だった。
「ボクが呼んだら、入ってきてね」
「・・・はい」
教室の戸の前まで来ると先生は俺にそう言って、一人で教室に入っていった。
戸を開けた瞬間、机や椅子の匂いやクラスメイト達のガヤガヤとした鳥のさえずりみたいな声が一斉に大きく響いてきた。
少しだけ強い風にでも当てたられたみたいに俺の足は少しふらついて、急に緊張してしまった。
猫みたく全身の毛が逆立ったみたいにゾワっとしびれた。
「空人くーん?入っておいで」
俺がビリビリと痙攣していると先生が呼ぶ声が教室の中から呼ぶ声が聞こえた。
「は、はい・・・」うまく返事が出来たのかどうか、そもそも声としてちゃんと発したのかもわからない状態で返事をして、俺は教室の戸をゆっくり開いた。
教室の戸はずっしりと、まるでどこかの要塞か何かの金属の扉みたいに重く感じた。
「空人?」
「え、巽?本当に?」
「空人だ!」
「マジだ!巽だ!」
そうクラスメイトのさえずりが急にけたたましくなった。椋鳥みたいだった。
「えっと、巽 空人・・・です。こんにちわ」
なんとか教卓のところまで歩いていった俺がそうしてボソりとつぶやくと、椋鳥どころかむしろ怪鳥か何かかと聞きたくなりそうな勢いでクラスメイトは俺に襲い掛かって・・・詰め寄ってきた。
小学校、中学校、そして義務教育を終えて高校生になり、それから大学生になった。
中学校、高校生と部活動には参加しなかった。
特に不自由もなく、難なく成し遂げてきた。っと言えば嘘になる。
『とりあえずは・・・』と言った感じだろうか。『とりあえずは・・・』?
そう、まぁ『とりあえずは・・・』でいいはずだ。
不自由でも難もなく、というか何も無かったという状態、有様だった。
記憶が無くなってイジメられこそしなかったが、けれども誰かと関わることは無かった。
小学校、中学校と俺は同級生に対しての関わり方を忘れ、そしておそらく間違えた。
高校生になっても同級生との関わり方がわからなくなっていた。所謂、コミュ症ってやつだ。
流石に大学生になる頃には、記憶喪失とか関係なくなっていた。そんなものは過去の話で
そんな時期もあったなって感じになっていた。
一度、冒険の書を消されて新しいセーブデータで頑張ったという感じなのでいまさらという感じではある。
しかし、それでも小学生の頃に俺のした事は、明らかに事実であり復帰後の俺のしでかした事だ。
あの時、教室に戻ってきた俺に詰め寄ってきたクラスメイトに対して俺は、彼ら彼女らを拒絶した。
窮鼠猫を噛むというかなんと言うか、少女コミックに登場する恥しがりやの筋肉少女(少女コミックを読んだことなんて無いんだけど)みたいにその突然の喧騒に驚いてクラスメイトを突き飛ばした。
その後の事は正直パニックになっていたので、よく覚えていない。10年近くも前の事なのでなおさらだ。
「……はぁ」
ため息をひとつこぼし「行って来ます・・・」と一言背後に投げかけて靴の紐を結ぶ。
自分の声が誰も居ない部屋に反響して返ってくる。
玄関から外に出ると隙間から電車や車の走る音が聞こえてくる。少し煩いくらいに。
空気が湿っていて薄暗い。ここからならいつもならもっと遠くまで、隣町まで見渡せるのに
空を厚い雲が覆っていて見えにくい。雨・・・どころか雷さえ鳴りそうだ。
きっと世のお母様方からすれば洗濯物が乾かなくて眉間に皺を寄せるような事態なんだろうけれど、
何故だか俺はこんな悪天候の方が好きだったりした。雨に降られるのは好きじゃないけど。
そんな風に考えているとだんだん、いつもの駅が近づいてきた。
俺は土曜日と日曜日を抜いた月曜日から金曜日まで毎日ここに停まる電車にお世話になっている。
電車が来る5分前には駅について、ホームに設置された当たりつきの自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら大学へ行くための電車を待つ。
駅に入る直前の横断歩道の信号機が赤から青に変わり俺と並んで数人の人が歩き出した。
空から重たい地響きに似た雷が鳴り出して、雨まで降ってきていた。
だから目の前を光が走っていったのが雷が落ちたからだとばかり思っていた。
「散々だったね」
駅の入り口、人ごみから離れたところでうつ伏せに倒れる俺に、その人はそう言った。
黒い背広、喪服といった感じの身なりで顔には、というか左目に眼帯をしている男性が立っていた。「・・・アナタは?」
そういう時は「大丈夫?」と声をかけるものではないでしょうか?
「出来ればそう声を掛けてあげたいところだけどね。ただまぁ今のキミにそのセリフはちょっと違うかな。
お兄さんはそう思います。大丈夫かどうか言えば、まぁ多分大丈夫じゃぁないだろうし、だからといって痛いかどうかを聞いたところで『痛いに決まってるでしょ!』って怒るでしょ。前に担当したお姉さんなんて僕に掴み掛かってきたしね。いやはやアレにはびっくりしたよ。だから同情の意味と労いを込めて『散々だったね』ってね。
あぁ、そうそうごめんごめん、僕の名前ね。やっぱり初めて会う人だろうが初めてじゃない人だろうが挨拶も自己紹介も大事な事だよね。お兄さんはそう思います。
僕、こういう者になります」
自分を『お兄さん』と呼称しながら喪服のお兄さんはまるで手品のように袖の中から紙を取り出した。
「死神…お迎え課…ヤクモ…、何か変な店の勧誘か何かですか?こんな朝から?」
「そんな勘違いの仕方をする人も珍しいなぁってお兄さんは思います。」
呆れたようにお兄さん、ヤクモは苦笑いを浮かべる
「物語としては僕はかっこよく焦らしながら語りたいんだけどまぁ、結論から言ってしまえば
巽ヶ丘空人くん、キミは自宅のアパートから大学へ行くための駅へ向かう途中の横断歩道にて、今日
数分前、信号無視のトラックにはねられて命を落とすことになっていたのさ。つまり、キミは死んじゃったんだよ。」
目の前の人ごみから抜け出すタンカーの上に寝かされる嫌になるほどに見覚えのある青年の顔が
救急車に乗せられて連れ行かれる。
雨が地面を叩きつけ、雷が鳴り響く音なのか、人ごみの喧騒なのか彼の声が、言葉がまったくもって耳に聞こえてこない、そんな感じがした。
だって誰だって聞きたくないだろう。自分が死んでしまった事実なんて…。




