ほーむれすヴァンパイア
べちょ
その奇妙な音が窓ガラスに響き渡ったのは、草木も眠る丑三つ時。私が愛PC機「マリリンちゃん」で某ニコニコする動画に見入っていた時の事だった。
「な、なななな、何……?」
何……? と訊いても答えは無し。だいたい、ここは正真正銘マンションの7Fであって、いくらワタクシ人生経験豊富な美少女、香織一七歳と言えども、こんな所にべちゃっと張り付いてくる物の心当たりなんて、
1 幽霊
2 水曜日に燃えないゴミを出した事に激怒した近所のオバちゃん
3 衛星カメラで偶然私を見て一目惚れしたビルゲイツ
くらいしか浮かばないんである。
うーん、今のところ最有力候補は2かなぁ……。いや~しかし1の可能性も捨てきれない。
3は論外、奴ならまず私の部屋に札束を敷き詰めるはずである。
そうこうアホな事を考えてるうちに、謎の物体Xはズリズリと窓ガラスを這い、マイスイートルームへの侵入を試みている様子。うわ、動いた。てか生物??? なにやら、何か大きな物が黒い布にくるまっている様なのだが、見れば見るほど不気味で正体不明。
「う……大丈夫よね、鍵は掛けてあるし……」
ガチョ
まるで見えない手が触れたかのように、窓の鍵が外れる。
「ヒイー!」
カラカラカラ……
あっけなく窓が開くと、黒い塊がズリズリと這いずって部屋に侵入してくる。そして、あろう事か、腰を抜かしてる私の方へスネーク開始。
ズリズリズリズリ……
えー、何コレ新手の出会い系商法? こんな謎の物体とも出会えちゃう、みたいなー。
って、イリマセン! 愛猫がニンテンドーDSの上にゲロ吐いた時くらいお呼びでない! 出会いたくない!
「イヤアアアー! こないで! 誰かぁ! 誰か助けてぇーー!!」
目一杯力を込めて絶叫するも、悲しき女やもめの一人暮しかな。おまけに、隣部屋が爆発しても音だけは漏らさない防音設備がこのマンションの売りだ。助けが来る気配はナッスイング。
くっ……こんな事ならドーベルマン五千匹くらい飼っとけば良かった。自分の身は自分で守るしかないのね。私は必死に力を振り絞り、電気スタンドを握り締めた。
涙を瞳一杯に溜め、恐怖に必死に立ち向かう健気な姿は映画のヒロイン並み美しかったに違いない。
「来んなっつってんでしょこの野郎!!」
バシッ
いい感じの音が響き、黒布が宙を舞う。
―瞬間!
「うっそぉん……」
そう、黒布の下に現れた奴の正体――それは
美形
チョー美形
サラリとなびく銀の髪、キラめく黄金の瞳がとってもワイルドな超絶美形がおったんである。
「しえええええええええ!!」
と、驚く暇も無く、次なる衝撃が。
超絶美形が、ぐぁばしっ、と抱きついてきたのである。
「うおおおおおおおおう!!!」
自慢じゃないがオギャアと生まれて17年、モテ無しコイ無しカレシ無しの私である!
最後に男子と会話したのは三週間前(「消しゴムとってー」)触れ合ったのは三ヶ月前(「三百七十円のお釣りです」)である!
その私が今! 抱擁されている!
誰に? 超絶美形に! 嗚呼! 赤飯炊いてぇー!
あれ、てかクサッ! コイツすげー臭い! 臭いけど美形! もう怖いやら恥ずかしいやら臭いやらで私の心臓はボンバー寸前!
「ああああのっ、ここここれは一体……あぅっ……」
ハッ! もももももしかしてもしかしなくても、これは、強姦!?!?!?!? あああああ何とかしなきゃ、何とかしなきゃ!
などとパニクっている間も、謎の超絶美形不法侵入者さんはがっしと熱い抱擁。じっと私を見つめ、やさしく手を頬へ、そして唇をゆっくりと……。
「く……はぅ……だめ……」
あーあかん、こいつったら超美形。あー、力抜ける。ああっ、私ってば、こんな窓からいきなり入ってきた超絶美形にワケも判らぬままに純潔を奪われてしまうワケ? そんな……………………ちょっとイイかも。
私がついうっとり目を閉じたとき……。
カァッ
妙な音が聞こえた。
「うん?」
ガブリ
「うぎぁ――――――――っっ!?!?」
ぎゃああああ、超絶美形が、超絶美形が私の首筋に噛みついてるぅ―――――――――――――――っ!!!。
慌ててジタバタ抵抗するも、がっちりホールドされて動けない。
な、何? なして首に噛み付くああ実は私が知らないだけで男と女ってこうやって愛し合うものだったのかしら???
うん。百歩譲って首に噛み付くのは愛情表現と納得しよう。
でも……
吸ってない?
君、血、吸ってない!?
吸ってるよね?
喉をゴクゴク潤しちゃってるよね?
ぎゃあああああああああ血ィ吸われてるううううぅぅぅぅぅ!!!!
「いゃあぁああぁあああ離してぇえええ!!」
不思議と、痛みは無い。そのかわりスーッと身体が軽くなっていく……。
あれ……なんだか……気持ちいい……力が……出ないなんだか……気が……遠く…………………………
薄れゆく意識の中で、見た。
男の口元に光る、鋭い牙を…………
***
チュン……チュン……チュン
―えー…真に恐ろしい事件ですね。美少女はご注意下さい。では次は朝ズバ占いのコーナー……
「うーん…………はぁっ!」
こっ、ここはどこ? 私は誰? そうだ、私はいきなり男に襲われて……!
慌てて身を起こし、あたりを伺う。
「……あり?」
窓からサンサンと注ぐ朝日。囀る小鳥達。世相をズバズバ斬るみの。
すんげぇ爽やかな朝が広がっていた。
……夢?
なぁんだ、夢だったのかー。そりゃあそうだよねー。
「はあー……良かった。でもあんな夢見るなんて、大丈夫かな私…」
とにもかくにも、ホッと胸をなでおろす。が、安心したのも束の間。
「あ、起きたー?」
「ぎいやぁあーっ!!!!」
昨日の超絶美形吸血男が、ひょいと視界にズームイン!
「あー、良かったぁ、ちょっと心配しちゃったー。僕さぁ、すんごいお腹へっててさぁ、ついつい血ィ吸いすぎちゃってー。」
「いやぁああああ! 来ないで! マジ来ないでー! 痴漢! 変態!鬼! 悪魔―! 人殺しー!」
「あのー、お、落ち着いてー……僕の話を聞いてー…。あのー僕、悪魔と言うよりはヴァンパイ……あぐっふ!」
問答無用で見事なアッパーが決まる。
「いやぁあああ! ああっ、こんな美少女に生まれたばっかりに私ったら身も心もケダモノにしゃぶりつくされてフライドチキンの骨みたいになっちゃうんだわー!!」
「いやー…美少女? え、えーと、しゃぶるのは血だけでー……痛い! アイタタタ! ひっぱらないで! ねぇ耳ひっぱらないで!」
なにやら吸血男が喋ってるが聞く耳ナッシンである。
「ああっ、美人薄命っていうけど神様ってなんて残酷! きっと私の美しさに嫉妬したのね! お願い、私を殺すならばどうか遺骨は百万本の薔薇に包んで宇宙に打ち上げて」
「あのー? もしもし? うー、あのね、僕ぁーただ君の血をちょびっとねー……ええい! 人の話をちょっとは聞かんかー! いや……あの…聞いて…下さい……。」
とうとう吸血男が叫んだ。が、ギロリと睨まれて萎縮する。
「なぁによう、せっかく人が悲劇のヒロインに酔いしれてるのに邪魔しないでよう。薔薇は薔薇は美しく散らなきゃならないのよ。」
「うん、君って思考回路が540度くらい捩れてるね。や、だから、ちょーーーーっとだけお兄さんとお話ししようよ? 僕達きっと解りあえるはず。」
真夜中にいきなり不法侵入してきてちゅーちゅー血まで吸った口で何を言うか!
「やー、あんまりお腹が減ってたから、つい、フラフラと……も、申し訳ない。でも助かったのである。もう三ヶ月もまともに食べてなかったのである。」
本当にすまなさそうにそう言うと、美形男はくしゃっと顔を崩してデヘヘーと笑った。
「う。ちょっと、いくらお腹がすいてるからって、血を吸うなんてどうかしてるわ。あなた変態? えーっと、かりばにずむとか言う……」
「むぐぅ、ち、違うのである。僕は変態じゃないのである。」
「じゃー一体何なのよ。」
待ってました! とばかりに美形はすっくと立ち上がると部屋隅っちょに転がってたボロ布をバサーと纏って意味不明の決めポーズ。そして、すんげぇご満悦な表情で言い放った。
「コホン。我が名はヴァンホーテンハインツフォンデムターロウヤマーダー!! 300年もの年月を生きた、恐れ多くも神聖にして崇高なる闇の末裔ヴァンパイアである! 我輩の事はヴァンと呼ぶが良い!」
ターロウヤマーダーて。
山田太郎だ。こいつゼッタイ本名山田太郎だよ。
「ヴァンパイア……ってあの? 美女の血を吸っちゃう?」
「うむ。」
山田太郎(暫定)はすっごい得意そうにコックリした。
にわかには信じられないが。実際コイツに血を吸われてしまったのだから信じるしかない。
おぉう、ヴァンパイアかよ、どおりで人間離れした超絶美形なわけだわ。へー、ヴァンパイアかー。こりゃオーランドブルームも黒皮ビキニパンツ一丁で逃げ出すね。
……って、えええええええええええええ。
「ち、ちょっと、私、ヴァンパイアに血を吸われちゃったの? じゃ、私ヴァンパイアになっちゃったの???」
「ノンノーン、」
山田はちっちっち、と指を振る
「血をちょーっと吸われたくらいで崇高なるヴァンパイアに成れるなどとはおこがましい。まったく、人間ときたら勝手にポイポイ追加設定を作っては信じるから困る。」
ちっ、この美しいピチピチボディを永久に保てるかと思ったのに。あれっ、そういえば。
「ねえ山田、あんた直射日光めっちゃ当たってんだけど。灰になっちゃわないの?」
「太陽の光で干からびるとか、それなんてミミズ? 三日に一度の日光浴が今時のヴァンパイアスタイルでしょ。それと、あのー、我が名はヴァンであって決して山田などという凡庸な名前ではないのだ。」
「じ、じゃあ十字架は? 山田!」
「いいよねー! 最近このロザリオのアクセにハマっちゃってー。……あの、うん、ごめん、名前、山田でミラクル大正解なんだけど、せめて太郎って呼んで……。」
「えー、ちょっと山田! もう少しヴァンパイアっぽいところは無いの!?」
「ぐすっ……いいよもう……山田でいいもん…。大体、ヴァンパイアの特徴なんて……そういえば、ヴァンパイアになってから自分の姿が鏡に映らなくなったのである。おかげでもう自分がどんな姿だったのか見当も付かない。まあ、自分の顔なんてどうだっていいけど。」
いやいや、そこはかなり重要でしょ。己の美しさを知らないなんて、なんと哀れな。超絶美形の持ち腐れにも程があるわ。
山田(決定)は、心なししょんぼりとしてしまい、ボロい風体がさらにズタボロに。なんだかさすがに憐れだ。
「ね……ねえ、 そ、その黒いマントは何? もしかして、コウモリみたいに空を飛んだり……?」
「やー、これは近所の公園で拾ったんである。寒いときにくるまって寝るとあったかいんだぁー。」
ボロ布――っ!!
嗚呼……。めまいがしてきた。誰か、この嬉しそうにボロ布に包まってる生物を何とかしてくれ……。
「あんた……私の血吸って満足ならもう出ってってよ。私も昨日の事はノラ犬ならぬノラ吸血鬼に噛まれたと思って忘れるから。」
大体、私はもう学校に行かなきゃならないのよ。そりゃー、超絶美形ヴァンパイアを目の前にして学校なんてちょっと惜しいけど。
私がすっと立ち上がると、山田は急に慌てた。
「そ、そうは行かないのである……。実は、頼みがあるのである……。」
「はい?」
なんだろう、ヴァンパイアが頼み事だなんて。……はっ、まさか私に一目惚れ!? はうん、だめよダメダメ、いくら私が超絶に可愛いからって!
山田、…ううん、ヴァンは真剣な眼差しで言葉を放った。
「保証人になってほしいのである。」
犯人よー、田舎のお袋さんは泣いてるぞ―。ってそりゃ交渉人。そりゃ真下正義。じゃなくて、保証人? ほんのり苺味の予想を斜め450度ほど裏切った答えですよ。しかも何だ。何の保障だ。コイツの一体何を保障しろというんだ。月たったの3000円で一生涯保障か? さらに保障人の上に「連帯」の二文字が付いたらレッドゾーンだ。
「はい?」
思わず聞き返した私の前に、ピッと紙切れが突き出された。
賃貸契約書
「もういいかげんダンボールハウスとはおさらばしたいのだ。なのに身元保証人が居ないと部屋は貸せないと言われたのだ。困っておるのだ。……非常に困っているのだ。」
「…………。あんた……ヴァンパイアの癖にホームレスなの……・・?」
道理で匂うわけだわ、山田。
「うっ、べ、別に、夜の公園が怖くて泣きそうになったり、野良犬に追いかけられて木から下りれなくなったりしたわけじゃないぞ……っ! わ、我輩はあのダンボールハウスもなかなか気に入っているのだ! ただ、ちょっと人間の言う″健康で文化的な生活″に興味を持ってみただけでー! いいからここに名前を書いて印鑑押すのだ!」
山田は美しい前髪を揺らしてふふんとふんぞり返った。
理不尽だ。マサイ族が居たら槍を突き刺しそうなくらい理不尽なお願いだ。
じょ―――――――――――だんじゃない。
なぁああんで私がこんな怪しさ満点の奴の力にならにゃーならんのだ。あっ、しかもこいつ、私の血をチューチュー吸っといてそれは無いわまじで。人間性を疑うね。あ、人間じゃなかった。
「いや、普通に無理!」
「ぞんなぁああああああ! もう嫌だよぉおおおおお!! 寒い公園に一人ぽっちは嫌だよぉぉぉおおおおお!!!! ひもじいよう! 暗いよう! 寂しいよぼぅぉおおおう!!」
山田の目からダバダバと涙があふれ出る。うわっ、ちょっと、擦り付けないで! 鼻水を擦り付けないで!
「うるさい! 大の吸血鬼がメソメソとー!! あーもうっ、遅刻しちゃう! 出てった出てった! 大丈夫! あんただったらホストクラブであっという間に豪邸持ちよ!! 力強く生きてください! 解散!!!」
そう叫ぶと私は五秒で支度し猛ダッシュで学校へと飛び出した。
***
キーンコーンカーンコーン
時は一気に過ぎて昼休み。
「ちょっとォ香織、顔色悪いわよ~。なんか、白く干からびたダンゴムシみたいな顔。」
友達に心配されてしまった。私はぎゅむっと教科書を机にねじ込む。
「失礼な! 誰がダンゴムシよ。古井戸に眠る美女と言え。ううー、だるい……しんどい……」
貧血。ド貧血。
もー考えてみれば、アイツのせいで失神するほど強制献血させられた上に、朝ごはんも食べれず。トドメに学校猛ダッシュのおまけ付き。ああ、可愛そうな私。なんという悲劇のヒロイン。しかもこれから地獄のパン争奪戦に出陣せねばならないなんて。
「香織、もしかして寝不足とか? 不安なのは解るけど。ちゃんと眠りなよ。」
「え? 何がぁ。」
「知らないの? あの事件!」
「事件……?」
やっべ、ここんとこネット三昧でニュースなんぞ見て無かったわー。とりあえずここは美少所らしく訝しげに眉をひそめとこ。
「そう……この近くで最近通り魔事件があっったのよ、犯人まだ捕まってないんだって! 人気のない夕暮れ時に女の子を狙って……」
「きゃあああああああ大変! 超大変! イケメンが! 超イケメンが!! 北欧の秘宝発見みたいな超絶イケメンが――!!」
二人の会話を遮って、教室に絶叫が轟いた。
北欧の秘宝発見のようなイケメン?
まさか……。
「あのぉ~……ここに木田香織さんって居ますかぁ~……?」
予感的中、ドアから超絶に美しい顔がにゅっとこんにちはー。
瞬間、教室にどよめきが走った。
イケメンだ!
イケメンだわ……
きっとアイドルだ!
いやいやハリウッドスターに違いない!
いいや仏じゃー! 仏が垂迹なされたのじゃ!
ウホッ! いい男
突然の超絶美形襲来に教室は大パニック。クモの子を散らす騒ぎようだ。運悪くドア近くで昼食を食べていた女子がパタリと失神する。
「ち、ちょっと、アンタ何学校まで付いてきてるのよ!」
「あー、やっといたぁ香織ちゃんー。」
自分の容姿が戦後最大の大荒れ台風を巻き起こしているとは露も知らず、山田は白い牙をキラーンと輝かせて笑った。
瞬間、教室中の視線と殺気が突き刺さる。
香織だと? 香織と申したか?
あのイケメンまさか香織の彼氏か!?
イケメン様があの様な下賤の女にお微笑みに!
チィッ! あの女一体どんな禁断魔法を!?
香織殺害せよ・・SATSUGAIせよ・・
仏を惑わすとは何事じゃ!!
やらないか
ヤバい、みんな目がマジだ。ここに居たらジャンヌダルクヨロシク無実の罪で殺されちゃう……! 逃げねば。私はガッと山田の手を掴むと屋上へ猛烈ダッシュ。
「ぎゃにああああ香織ちゃん痛い痛い! 引っ張らないで! ねえ香織ちゃんお願い小指だけ引っ張るのは堪忍ー!!」
超絶美形のシャウトに、失神する女子生徒が続出だったそうな。
***
ばんっ
私は屋上のフェンスに山田の顔を押し付けた。
「ちょっと、学校に核弾頭クラスの顔持ってこないでよ!! おかげで教室が軽めのバイオハザードに!」
「あうう、ごめんなさい……僕ってそんなに酷い顔してるんだ……。」
山田はしょぼーんとうなだれる。
「……で、今更何の用なのよ! もう話すことなんて何にもないはずよ!」
「ち、違うのである。こ、これを渡しにきたのである。」
山田は頭をフリフリすると、おずおずと何やら小さな包みを差し出した。見てみると、それは可愛らしく包まれた……
「お弁当?」
「む、そうである。うーその、昨晩は……たくさん血を吸ってしまった上に色々と迷惑をかけたので……あのーあとさっき、勝手にお風呂も借りちゃったのでー……そのー、お礼というか、せめてものお詫びである。栄養補給をして欲しいのである。」
と、山田は決まり悪そうに頭を掻いた。
栄養補給て。意味が解らない。なぜに、迷惑をかけたからといって、弁当なのか。大体、手作り弁当などという所業は恋にトチ狂った乙女の行う黒ミサであって決して貴様のような超絶美形のやる事ではない。
湧き上がるツッコミやら疑問やらを必死にこらえ、とりあえず包みをとく。
パカ
蓋を開け、まじまじと中身を観察する。卵焼き、ほうれん草のおひたし、ミニハンバーグ、タコさんウインナーにウサちゃんりんご。趣向が凝らされたお弁当はもはや芸術の域。
「……これ、アンタが作ったの……!?」
「うむー! 味見はしてない。」
美味しそう……けど、吸血鬼の作った食べ物なんて食べて大丈夫だろうか。安全的に厚生省の許可が下りるかしら。ハンバーグにダンボール入ってそう。
ぐうぎゅるる~
バカ正直な腹め。ええい、ヤケじゃ! ヤケじゃ! どうせこのままじゃ昼飯抜きじゃわい。わしゃ食わずに死ぬより食うて死ぬ。
おそるそる箸を伸ばし、卵焼きをポイと口へ。ほんのりと甘い味がお口に広がる。
「……美味しい。」
「当然なのである。」
ふふんと山田が鼻を鳴らす。意外だが、本当に美味しい。深刻な血液不足も手伝って箸が進む。
ぱくぱくぱくぱくぱくぱく
「はい、お茶―。」
山田が甲斐甲斐しく水筒のからお茶を注ぐ。気が効くじゃないの。
「ごきゅごきゅ……ぷはーっ! 生き返るぅ! それにしても弁当てあんた、んっとにヴァンパイアらしくないわねー。名前も山田だし。あんた本当に齢3百才のヴァンパイアなのー!?」
「う、な、何を言うか、本当でおじゃる。や、凶悪な闇の福音でごじゃるー。」
怪しい。目が泳ぎまくってる。なんだそのマロ口調は。
「大体ねえ、ヴァンパイアって言ったらワイン片手に金塊ばら撒いてゴージャスセレブな古城暮らしが相場でしょーが! なんでダンボールハウスでボロ布に包まって貧乏その日暮らしなのよ!」
「うう……それは……ヴァンパイアにも近代化の波が押し寄せたというかぁー……その、深い事情がー。」
「はい?」
「とっ、とにかく、この法治国家では自由気ままな一人暮らしもママならないのである! さっさとこの書類にサインするでおじゃるー! 詮索するならサインくれである!!」
「だから嫌って言ってんでしょーが!!!」
ばぢーん!
怒りの美少女パンチが炸裂する! 山田は「へぷろ」などと未知の言語を口走って地へ伏した。
「ひどいよう、親父にもぶたれた事ないのにぃー!」
「いーい!? 一食一飯の恩はこの弁当でチャラ! 金輪際私の輝ける青春の一ページを汚さないで! 次に私の視界に入ったらサンドバッグと見なす! 判ったわね、この、化け物!!」
「そ、そんなぁ~……」
これ以上奴に生活を乱されてたまるか。私は大統領の独立宣言並みに高らかに宣告した。みるみる山田のハの字に傾く。が、かまってられない。私は踵を返すと、泣き崩れる山田を背に教室へと戻った。そう、平凡な美女子高生の日常へと……。
***
うーん、しかし、ちょっと気の毒だったかな。
放課後、ぽてぽてと家路を歩きながら、ちょっと良心が思い出し痛みした。
思えば、今の日本って、戸籍も住民登録も無いヴァンパイアにとって、モーレツに住みにくい世の中かも。あいつもきっと凄く苦労してるんだろうな……。
「お嬢さんお暇ですか……」
いやいや! だからって見ず知らずの他人の保証人になるなんて、それ何てナニワ金融道。ましてや相手はヴァンパイア。全裸でスキージャンプに挑むくらい命知らずの暴挙だわ。大体アイツ、絶対家賃払えないだろ! ああっ、危ない危ない、危うくこの歳で借金大王になるとこだったわ。
「お嬢さんお暇ですか……」
そ、そうよ、全然全く気の毒な事ないわ。大体ヴァンパイアって人類の敵だしー! 私はこのまま、ごく普通の美女子高生ライフを送ればいいのよ。
「お嬢さんっ! お暇ですかっ!!!」
「ひゃあっ!」
びっくりした! すっかり考え込んじゃってたわ。何々ナンパ!? いやーん、こんな人気の無い裏路地で困っちゃうー! 私は慌てて後ろを振り返る、するとそこには……
「お嬢さんハァハァお暇ですかハアハア良かったらボクのビッグマグナムとハアハア創聖合体しませんかハアハアハアハアハアハアッハアッハアンアハア」
変態。
純度100%で変態がいた。
「いやああああああー!!!」
はっ、さてはこいつが噂の通り魔野郎かー! うん、どっからどう見ても通りすがりの変態通り魔って感じだねありゃ。って、なんなのもう、ここ最近の私の不幸っぷりたるや美の女神が私に嫉妬しているとしか思えない。って、逃げないと。逃げないとあの朝青龍の双子もどきと合体する羽目にっ。
「ハアハア……顔は微妙だけど、むっちりした足に黒ニーソがたまらんなりハアハア」
ちょっと! どういう意味よ! 失礼な!
ガッ!
「きゃあっ!」
しまった!
足が石に!
私は無様に地面に投げ出される。
「萌えぇぇえ! パンティー苺柄萌えぇ~! ハアッハアッハアハア! ……おっとお嬢さんハアハア抵抗するとハアハアこの聖剣エクスカリピャーがハアハア喉に突き刺さるんだな」
変態の手にキラリとナイフが光る。
「う……っ」
「ブヒヒ、サーセン……」
ずしりと変態がのし掛かってくる。
うわっ、何をする、お、重い……ぎゃっ! 私の上げ底ブラを揉むなっ! 中身無いんだから! ぐえ、ちょ、やめて、顔を近づけるな! やめてっ! やめ……
「ハアハアハアハアハアハアハアハア」
湿った息がゴッファーっと顔に降りかかる。
――ああ。
私はぎゅっと目を閉じる。
今度こそ私、殺されるのかな。
じん、と目の奥が熱くなった
……なによ。
山田はヴァンパイアなのに、気が弱くて、優かった
皮肉だわ
人を殺すのは、いつも人
人間の方が、ずっと残酷で酷いじゃない!!!!!
「あんたみたいな人間より、山田の方が、ずっとずっとマシよ!」
そう叫んだ、その時―――!
バキィッ!
「ぼるごぁっ」
ふっ、と身体が軽くなる。
「……!?」
おそるおそる目を開ける。
……そこには、地面に転がる変態、
そして……視界に飛び込む黒い背中。
「……山田ぁ!」
「フゴゴゴゴッヒギッ! ハアハアおのれ! よくもボクとじょ、じょしこぉせいタンとの甘い甘い甘いあまイギッ(舌噛んだ)ハアハア甘い愛のランデブーをおおお!」
意外にも俊敏な動作で立ち直った変態が、ナイフをキラリと振り翳す。またしても、絶対絶命のピンチ!
なのに振り向いた山田は、片手を突き出してにっこりスマイル。
「香織ちゃん、危ないからさがってるのだ。」
「う、うん……。って、ちょ、ちょっと山田! あんたこそ危ないわよ! バカ、向こう刃物持ってんのよ刃物―っ!」
「グヒヒヒ、と、飛んでバルサンコックローチなんだな。エ、エクスカリピャーの錆にしてくれるんだなぁああああ!」
変態が雄たけびを上げてドスンドスンと向かってくる。
が、山田はピクリとも動かない。な、何やってんのよ! 殺されちゃうわよ!
「……僕ね、本当はヴァンパイアになったの、つい三ヶ月前なんだ。」
ぽつり、と山田が呟いた。
「え?」
「……大変だったよ。実家は追い出されるし、人間を襲う度胸なんて無くて、ひもじいし……。それに何より……一人ぽっちで、寂しかった。」
変態はもう、目の前だ。
「だから……君と話せて……とても嬉しかった。ありがとう。」
「もらったぁああああああああっグヘヘヘゲベベェ!!」
「山田ァッ!!!」
ズブリ、とナイフが突き刺さる―――と思った瞬間!
ゆらり
山田の身体が消えた!
「グピ?」
驚き戸惑う変態。
彼の耳元に、低い声が響いた。
「残像である。」
バキィイイイイイイイイイッ!!
山田の凄まじい一撃が決まった!
「グ――――――ヒイイイイイィィィ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!」
変態は飛んだ
もう、ものっそい飛んだ
飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、回って回って回ってキランと消えた。
この日、また一つ夜空に星が増えたという
***
「山田! 山田ァ! 大丈夫!?」
私は山田に駆け寄る。
「んー? ダイジョブだあよ。」
「で、でも……ナイフが刺さって……なんで……」
「あー。」
なるほど、というように、山田は鼻をこすった。
「日が暮れたから、こんな僕でもちょこっとだけ不死身超人になれるである。血が満たされてる時だけだけどね。」
「ふぁ……良かったぁ。って、そういう事はもっと早く言いなさいよっ!!! ち、ちょーっとだけ、し、心配しちゃったじゃないのよ!」
私は山田の眉間をグリグリする。
「痛い痛い痛い地味に痛い! 堪忍である! 自分でも忘れてたのであるーー!!」
「なによその〈~である〉ってしゃべり方! さっきめっさフツーに喋ってたじゃん! テメーキャラ作ってんじゃねーよ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! 調子乗りました!」
ん? 大体コイツって……。私はじっと山田を見据える。
「……あんた、何ぁんで此処が判ったのよ!? ……まさか、お昼からずっとツケてたわけじゃ無いでしょうね!?」
金の瞳がたじろぐ。
「あうっ……ち、違うのである、ちょっとの間だけ遠くから見てようと思ってただけで……。も、もう、行くのである……。もう迷惑かけないのである。」
しゅん、と山田はうな垂れ、くるりと背を向けるとトボトボと歩き出す。
ちんまり、夕焼けに照らされた黒い背中が、しょぼん、と、やけに小さく見えた。
まるで、このまま、消えてしまいそうに……。
…………。
仕方のない奴。
「ちょっと、待ちなさいよ! 山田!」
「ほえ?」
「まったく、あんた本当に迷惑の塊よ! 不法侵入でしょ! 血―吸うでしょ! 無理な頼み事はするでしょ! 学校に押しかけるでしょ!」
「はえ?」
「おまけに、頼みもしないのに勝手に人を助けて! もう散々よ! これだけやっといて、何のアフターケア無しにどっか行こうとするなんてどんだけー?」
「むい!?」
「だ・か・ら」
私は大きく息を吸い込む。
「たっ、助けてくれたお礼もさせてくれないっていうの ?最近のヴァンパイアはさ!」
「おれ…ひ……?」
山田が、困惑した表情をうかべる。
そう、お礼。
なんだか気恥ずかしくて、私は視線を宙にやった。
「うちに住みなさいよ。」
「え」
「考えたら私、未成年だから保証人にはなれないのよね。うん。だから、住むとこ無いならうち来なさいよ! 部屋余ってるし! 大体、こーんな可憐な美少女が一人暮らしなんて危なすぎるのよ! ね!あーあと言っとくけど、掃除洗濯炊事買い物ゴミ出し当番、未来永劫あんただからね。 あ、血は吸わないでよ! あと変な事してきたらコロス!」
一気に言ってしまってからちょっと、しまったかな~、と思った。男と、しかもヴァンパイアと一つ屋根の下なんて。あー私ってば、ノリで人生間違えるタイプ。ええい!言ってしまったものは仕方ない!
後はあいつの返事次第よ!
……。沈黙の間。
返事が無い
あれ?
そっと山田の方を見る
そこには、ポカーンと口を開けて突っ立っている山田の姿があった。
「おーい、山田?」
「…………あるふぇ?」
あるふぇ?じゃないよ。駄目だ日本語が通じていない
耳元に思いっきり大音量を流し込んでやる
「だから、うちに、住んでいいって、言ってるの!」
山田の耳がまん丸に見開かれた。どうやら理解したらしい
おー驚いたフクロウそっくりだなあ。。。
なーんて考えていると
「あああああ、あぁあぁありがとおおおおおおう!!!! グスッ! ああああああ! ああぅうぅああひがひょふぅうう! あああう! グシッ!」
がばしっ!
「ひゃあっ!」
いきなり、地球外言語を発して黒い塊が抱き着いてきた。そしてそのままぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう
「ぐえ……」
夕陽をバックに、がっしと重なり合う二人。
次から次へと、山田の歓喜の涙やら鼻水やら様々な汁が、飛び散っては夕日に煌いた。
その光景は・・・なんていうか、微妙
あー、いい男が台無し、でも本当にうれしそうなその姿を見ているうちに、これで良かったんだ、と思った。
それに……なんだか、胸の奥がきゅんとしたような。
き、気のせい、気のせいよね!
ま、いっか。
ノリで人生間違えるのも良いかもね。
なんてね。
おしまい