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下妻サーキット  作者: のーでーく
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ジロー、バイクを手に入れる

8.ジロー、バイクを手に入れる

3日後の火曜日。ジローは、午後休みを貰った。久しぶりにバイクカバーにすっぽりと覆われていたスクーター、スズキのスカイウエーブ250を、アパート脇から引っ張り出した。

新車購入して5年。通勤と3度ほど日帰りのツーリングにも利用した、走行距離7千キロ。立ちごけ2回で少し傷がある。車体の汚れは、買い取り価格には影響しないとネットで出ていたが、それでも印象が違うだろう一通り掃除をした。

綺麗になったところで、購入した大手バイク販売店レッドキングに出かけた。

「このスクーターの買取査定をしてもらいたくて来たんですが。」

「先ほどお電話いただいたお客様ですね。お待ちしていました。こちらへどうぞ。」

堀井という名の女性接客スタッフが受付カウンターへ案内した。

「査定は少し時間がかかるんですが、今回スカイウエーブをお売りになる理由は、乗り換えですか?」

「一応そうです」

「買い替えのバイクは決まっているんですか?」

「欲しいバイクはあるんですけど、レッドキングには無いんじゃないかな。」倉庫のような店内に、国産から外車までずらりとバイクが並んでいる。それぞれにきれいに手入れされた中古車だ。

「ウチも一応全国展開をしている店なんで、教えてもらえれば探してみますよ。」軽妙な営業トークにジローも少し心を動かされた。

「ホンダのNSF100なんです。」ジローはちょっと照れたようにそう言った。NSF100。100ccの小さなエンジン、小さな車体、GPマシンのようなカウリングを持つ道路を走ることのできないレース専用車両。ネットで見ただけのバイクだ。

「NSF、ですか」

「知ってますか?」

「コンペティションモデル。レース専用車両ですよね」

「そうです」ジローの答えに、堀井は少し考えている様子だった。

「無いかもしれないですね。一応探してみます。」ジローはバイクショップのスタッフとはいえ、女性が知っているとは思わなかったから驚いた。しかし、バイクやレースに関し、自分がただ無知なだけだと気づき、ちょっと恥ずかしかった。

待っている間、店内に置いてあるバイクを見て回った。高級な輸入車や国内のスーパースポーツバイク。100万円を超える高価なバイクが何台も置いてある。しかし、ジローの興味をそそるものはなかった。

「査定の結果が出ました。」

堀井の表情が少し硬いような印象だ。

『あまり、期待は出来ないな。』そんな予想になった。

「今回見させてもらったスカイウエーブ250リミテッド。御購入から5年経過しています。そして、立ちゴケによるキズもチェックさせてもらいました。走行距離は、7千キロと少なく車体やエンジンも良い状態と判断しました。そして、当社での同等品の実際の販売価格等から計算して、現時点での買い取り価格は……15万円です。」ジローの期待よりは下回った。

「15万円ですか。うーん、その金額だとちょっと考えちゃいますね。売らないで持っていてもいいか、ネットで買う人を探すとか、知り合いのツテで探すとか……」ジローも少しは値段交渉をするべきかと考え、そう言ってみた。

「今回は、お客様の満足できる金額が出せなくてすいません。金額が低くなった一番の理由は、やっぱり立ちごけでの傷の大きさですね。それを修理した後じゃないと売り物として出せないので、売値から通常整備等にかかる経費を引き更にその修理代を引いて出した金額が今回の15万円ということになりました。」

「やっぱり今すぐに手放すのは、少し考えます」そう言いながら、ジローは次の手をどうするか考えを巡らせた。

「それとですね。」ジローの考えを遮るように堀井が言葉を続けた。

そう言ったときの堀井の表情がちょっと変わった気がした。

「NSF100なんですが、全国の店の在庫を検索にかけました。」

「えっ、ああ、やってもらったんですね」さっき探してくれると言っていたことを思い出した。

「正直、最初にNSFって聞いたとき、『それは、ウチじゃあ、無いだろうな』って思ったんですよ。」

「そうですね。」

「実は、私も昔少しサーキットを走ったりしてたんですよ。だから、NSFが出たときは、本気で買うこと考えて、ウチの会社でも探したりしたことがあって。でもそのときはやっぱり無くて、いろいろ条件が合わなくてあきらめたことがあったんですよ。だから、今回探してるバイクがNSFだって聞いたときは驚きました。だからウチには、ほんとに有るわけないって思っていたのに。」

そこまで言って、堀井は、いちど言葉を切った。

「でもそれが一台、ヒットしたんですよ。」

「エッ、それって有ったってこと?本当に!」

「すぐに相手の店に連絡とって、在庫確認したら間違いなくありました。まだ本当に入ったばっかりの品物で、会社内部の情報にしかなってないものでした。その店でも店頭には出して無くて……」

「へえ、驚いた!レッドキング、やるねー。」

「私も本当に検索にヒットしたときは、びっくりしました。状態は、かなり良いということです。2年落ちで、一度コケて修理してあります。新車のときは、カウルがFRPの白の無塗装なんですが、これは塗装してあります。向こうの担当者の話だと、塗装はプロの仕事じゃないそうなんですが、かなりキレイに仕上がっているそうです。車両の価格は税別で30万円だそうです。」

「30万円?安いじゃない。」サーキット専用車だから、中古車は日本中でも数が無い。新車では41万円+消費税で発売時期や台数も決まっている。だから、簡単には手に入ることはない。

「一応、明日が当店の定休日なんで、あさってにはムコウの店に確認の連絡をします。」

「ありがとうございます。期待はしませんから、大丈夫です。それから、スカイウエーブの査定もありがとうございました。」

「出来れば、当社で売ってくれるようお願いします。」

「はい、私も、いろいろ情報集めてみて、また売りに来るかもしれませんから、そのときはよろしくお願いします。」

ジローは、レッドキングを後にした。

結局、スカイウエーブは買い取り専門店〝殿様バイクス″に19万で売り、NSF100をレッドキングに注文した。スクーターを売りに動いてからたった1週間で買い替え契約が終了した。ジローはそのスムーズさに、宝くじに当たったような、初めて運をつかんだような感じになり、ウキウキする気分を味わった。


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