ジローの覚悟
59.ジローの覚悟
救急病院。集中治療室で生命維持のための機械につながれているジロー。
頸椎損傷。脳挫傷。呼吸・循環機能の調節や意識の伝達など、生きていくために必要な働きを司る脳幹を含む、脳全体の機能が失われた状態、脳死です。医師から、回復が見込めないと告げられた。
ツバメは何を考えていいのか、悲しみと苦悩か何なのか混乱で頭と胸がかき乱された。
集中治療室の中、ツバメがベッドわきでジローの手を握っている。
「ジロー、ジロー……ジロー」名前を呼ぶことしかできないツバメ。
ジローの意識がうっすら回復した。管がのどに差し込まれている。
「ツバメ、ゴメン。コケた」そう言ったのか。ツバメが顔を上げジローをのぞき込んだ。
「ジロー、ジロー、わかる?アタシ、ここにいるよ」
「ゴメン。勝てなかったんだ。」
「うん、大丈夫、次、勝てるから、早く治して」
「ああ、一緒に走ろう……」ジローの手に握る力が。
「ツバメさん。」典行の声が聞こえた。ジローを見たツバメ。何も変わっていなかった。ジローは、意識が無いままだった。ツバメの強い願望が見せた幻覚だった。
「ツバメさんこれ」典行がジローから預かったビデオカメラを渡した。
「これ、ジローの……」
「うん、さっき、オレのスマホにお父さんからメールが来たんだ。」
「エッ?」
「時間指定メール。レース前に設定してあったんだ。」
「そんなこと出来るんだ」
「これで3回目。いつもレースの時。でも、間違いだってすぐに次のメールが来て。」そう言ってスマホの画面を見せた。
《車のダッシュボードの中に、カメラがあるからツバメに渡してくれ》
「どういうこと?」
「やっぱり、知らなかったんだ。今転送するね」言いながらスマホを操作する典行。着信音がしてメールを確認するツバメ。
《車のダッシュボードの中に、カメラがあるからツバメに渡してくれ》メッセージはそれだけだった。
「多分、ここになんか入っているんだろうね」
ツバメは、そのビデオカメラを受け取り、ムービーフォルダを確認した。
《4月1日》それが最新のファイルだった。
「これかな?」典行の顔を見ると、黙って頷いた。
再生ボタンを押した。
小さなディスプレーにジローが映し出された。