ツバメ、病院に寄り、引き上げる
6.ツバメ、病院に寄り、引き上げる
下妻総合病院 ER総合待合所。並んだ長椅子の手前、救急搬送口近くで、賀茂田とツバメが、青戸一博のチーム・ダッシュの監督、遠藤と話をしていた。
「それで、青戸君はどんな具合ですか?」賀茂田が、遠藤にそう言った。
「ねん挫で済めばと思ったんだけど、やっぱり骨折してたね。でも、腓骨。スネの太い骨じゃなくて、外側の細いほうの骨。足首より上の方だからプレートとビスで固定してくっつくのを待つ感じだね。手術が済んじゃえば、リハビリ始められるみたいだから、深刻なほどじゃないから」
「でもそれじゃあ、最終戦の出場は。バイクに乗れないんですか」ツバメが賀茂田の脇から聞いた。
「まあ、しょうがないよね。骨折り損ってとこだな」腕組みをして、あきらめ顔でそう言った遠藤。
「本当にすみませんでした」賀茂田とツバメが揃って頭を下げた。
「レーシングアクスデント。今回は、たまたまウチの青戸がケガしたけど、逆の場合もあったわけだから。でも、結果、バッドだな。ぶつかるまでは結構良いレースだったよ。あーあ、シーズン終わっちゃったよ。来期もどうなるか、頭痛いから、MRI撮ってもらおうかなぁ」遠藤の言葉に、小さいツバメの身体がさらに縮こまった。
「一博君に会えますか?直接謝りたいんですけど」ツバメがそう言った。
「ああ、大丈夫でしょう。ツバメちゃん、一博と仲良かったんだよね。もう、今日できる処置は終わってるから行ってみて」
青戸が、処置室のドアの向い側で、車いすに座っている。左足がシーネと包帯で固定され、膝を伸ばして台の上に乗せられている。耳にはイヤフォンをし、目は、無表情に音楽プレーヤーを見つめている。
「カズ君、どう、痛む?」少し視線に入るように青戸の前に立ってそう言った。
「ツバメ姉ちゃん」イヤフォンを外し顔を上げて、ツバメを見た。
「ゴメンね。あたしの未熟なライディングのせいで、ケガさせちゃってごめんなさい」頭を下げるツバメは、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「足は痛いけど、痛み止め使ったし、ケガしちゃったもんはしょうがないよ。おとなしくして、早く治すから。」
「3週間くらいは、足着けないって聞いた。それだと、今シーズンのレースは間に合わないね。せっかくチャンピオンで全日本に昇格するはずだったのに」ツバメがそう言ったら、青戸の顔が曇った。
「今日は、ツバメちゃんも疲れてるし、コケてんだから、身体だって痛いだろうからもういいよ。かえって休みなよ」ちょっと強引な話の切り上げ方に違和感を覚えたが、青戸の言う通り、身体がきついのも確かだった。そこへ、看護師と遠藤がやってきた。
「それじゃあ、病室へ移動しますので」そう言って、車いすの向きを変えた。
「また来るから。何か欲しいものあったら連絡して」ツバメの言葉に青戸は軽く手を上げ、エレベーターの中に入って行った。
駐車場のトランポに戻った賀茂田とツバメ。
「本当に医者で診てもらわなくても大丈夫か?」
賀茂田がシートベルトを締めながらツバメにそう言った。
「何度もチェックしたから、骨や筋肉には異状ないから大丈夫」ツバメは、助手席に滑り込んだ。
「シップだけ貰うだけでもいいだろ。痣だらけになるぞ」賀茂田は、駐車場から車を出した。
「もうさっき貼った。ウチ帰ればいっぱいあるし。」少しやけ気味。
「じゃあ、まっすぐガレージ帰るぞ」
「エッ、飯は?焼肉…」
「食欲、有るのかよ。」
「あるよ。腹減ってンに決まってんでしょ。減量もしたんだから」
「今日は、いこいサーキットスタッフが代表の則江さんとバイトの樋口、母ツバメの幸音さんのパートだったんだから、早く帰ってやらないと」
「もう閉めて帰ったって、母さんからメール来てたから大丈夫。」
「じゃあ、コケたから、やよい。」あきれながら賀茂田がそう言う。ガレージ帰った後の片づけを考えれば、食事をしておいた方がいい。
「イイよ。やよい、上等。カツ丼勝負」
「食いきれんのかよ」やよいは、デカ盛りで有名な店だ。
「今日こそは、絶対に食える。レースのリベンジだ」
「冷静に戦わなきゃ勝てるわけないだろ。胃も小さくなってんだから。連敗濃厚だな。食事のコントロールもできないからバイクだってちゃんとコントロールできないんじゃないのか。毎日ちゃんと食えよ」賀茂田は車を走らせた。
「あっ、メールだ」チェックする。「ほら、母さんもやよいのゴールデン餃子買ってこいって」そう言って、携帯を賀茂田に見せた。赤信号で停車中の賀茂田がちらっとそれを見た。派手な髪飾りのポニーテールの幸音さんが餃子と書いた紙をかざした写メが見えた。
「じゃあ、持ち帰りで餃子とカツ丼な」
「餃子は、生で貰おう」
「好きにしろい。でも、今日だけだぞ」