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下妻サーキット  作者: のーでーく
54/62

撤収

53.撤収

レースを終えたジローたちは、にぎわうパドックやピット周りの中、次々と続くレースには目もくれず、マシンや装備を片付け下妻サーキットを後にした。

いこいサーキットのトランポに賀茂田とトシが乗り、ジローとツバメがジローの軽ワゴンでいこいサーキットに引き上げた。

「ジローは来年もずっとレースに出るんでしょ」ツバメは前を見てハンドルを握り運転しながらそう言った。

「ああ、ツバメだって復帰するんだろ」ちらっと横目でツバメを見て、ジローは、怠い身体で助手席に座りそう言った。

「うん。それでね、前にジローがケガしたとき、前の奥さんにアナタが結婚すればいいって言われたって話、覚えてる?」

「ああ、まったく恥ずかしい話で、悪かったよ」前にその話をしたときは、微妙ながん時になったのを思う出した。ジローの休んでいた脳みそに血液が回りだしたのを感じた。

「再婚とかって考えたことはないの?」ツバメは、少し緊張感のある声でそう言った。

「全然。特に今はバイクに乗っているからなおさら。女の人は、安定した生活を望むのが普通でしょ」ジローは極力平静を装って話の展開をあれこれ考えながらそう言った。

「そうね。アタシみたいにバイクレースしようなんて女は、特別だよね。だから、それも有りかなって」

「それって何が?」

「前の奥さんが言ったように、ジローの再婚相手になってもいいかなってこと」

「エーッ!オ・オレは、オッサンだぜ。若い女性がオレみたいなバツイチと。結婚って。それは無いでしょ」そう言ったジローの言葉に少しムッとしたツバメ。車を、今時珍しい公衆電話がある県道わきに止め、サイドブレーキを引いた。

「アタシもレースするじゃない。てことは、アタシもケガとかする可能性がジローと同じだけあるってことじゃない」運転席から助手席のジローに向き直ってそう言った。

「だからって、ツバメは幸音さん、お母さんもそばにいるじゃない」

「でも、ジローなら、アタシがレースの時はジローがピットクルーで、ジローがレースならアタシがピットクルーになって、一緒にいられれば判断が早く付くし、もしもの時も何でも都合がいいじゃないって、そうじゃなくて、便利とか都合良いとかとは違う」そう言って少し言葉を探すように黙った。その様子に、これは、もしかして逆プロポーズなのか?だとしたら、なんて真正面からのぶつかり方なのか。自分の感じ方が本当に正しいのか?思いっきり赤っ恥の勘違いじゃないのか?ジローの混乱が広がる。

「それなら、戸籍上、養子縁組でもいいじゃないか。ツバメは可愛くてしっかりしていてバイクにすごく速く乗れる女なんて、滅多にいない凄くイイ女なんだからふさわしい男なんかいっぱいいるだろう。オレみたいなオッサンなんかじゃなくて。そうだ、桃川とかどう?歳も同じくらいじゃないか。あいつ、カッコイイし、いいやつだぞ」

「桃川君、彼女いるよ」少しふてくされたようにそう言った。

「そ、そうか」

「もしかして、ジローさん、彼女とかいるの?」

「まさか、いるわけないでしょ」

「じゃあ、前の奥さんを忘れられないとか」

「そんなことないよ。ツバメが、オレなんかとじゃ釣り合わないって」

「そんなにアタシが嫌いなの?」

「とんでもねえ。嫌いなわけない」言い終わる前に

「じゃあ、なんでそんなこと言うの?アタシがどんだけ恥ずかしいと思っているか、どんだけ悩んだのか、わかってるの!?ジローさんのお嫁さんになりたいんだよ。ジローさんと結婚して、バイクとジローさんとサーキットでもどこでも、一緒にいたいから」そう言ったとたん、ツバメの目から涙があふれ出した。

本当に、勘違いじゃなかった。こんなことがあるなんて、信じられない思いは消えないけれど、目の前のツバメは妄想ではなく、本当にここにいる。

「ありがとう。ツバメ」ジローは、ツバメを抱きしめた。「真剣に話しをしようか」そう言って、ツバメの目をじっと見つめた。ツバメは、目を擦ってコクリと頷いた。

「オレがツバメを知ったのは、去年、仕事で行って偶然観た下妻サーキットでのレースだった。そのときは、4番のマシンと接触転倒してリタイヤだった。でも、その時のツバメの荒々しくもあるレースでの戦い方が、ツバメが女であることで驚いた。圧倒された。それほどの物が一体レースのどこにあるのかという疑問とその魅力、エネルギーを知りたくてバイクに乗った。それが少しずつ分かり、深まるにつれ取りつかれていった。でも、それと同時に分かった。バイクのことだけじゃなくツバメのことが知りたかったんだってことを。」二十歳そこそこの子供の告白みたいだと心の中で物凄く恥ずかしい思いが大きくなり、そのまま逃げだしたいのを我慢した。「オレよりもうんと若いにもかかわらずライディング知識が豊富で走る方向を導いてくれるツバメが。女神のようなあこがれの存在だった。でも、一緒にいる時間が増えると、実は、まだか弱い女性だと気づいた。あこがれが、愛おしさへと変わっていった。だから、出来るだけ一緒にいられるバイク仲間でいられるように、なおさらバイク好きにもなれた。練習が楽しめた。みんなツバメのおかげだ。」そう言って言葉を止めた。言ってしまったことをできるならなかったことにしたいと思い、口を閉じた。

「じゃあ、一緒にいようよ」ツバメは、ジローの目をまっすぐ見てそう言った。

「結婚ってなると、歳の差が大きすぎるだろ。ツバメにはもっといい男がいるはずだ」

「アタシたち、ライダーなんだから、すぐに死んじゃうかもしれないからぐずぐずしないで結婚しちゃおうよ」嬉しそうに、勢いよくそう言った。

「ホントかよ。っていうか、それをツバメが言うのかよ。」いつも面食らわされる。

「ダメかな?」少しだけ不安そうな声を出してそう言った。それは、芝居なのかもしれないと思った。でも、好きな女にそこまで言わせて応えないのは、一番欲しいのは、ツバメなのだから。

「そうだな。オレ達はライダーだ。速いほうがいいに決まってる。ぐずぐずするわけにはいかないよな。いつもライダーとして正しいことを教えてくれる。」ジローは、まじめな顔でじっとツバメの目を見た。

「ツバメ。オレと結婚してください」

「ハイ!」


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