ジローとツバメの特訓
47.ジローとツバメの特訓
シモツマ2サザンオールスターズロードフェスに向けた特訓が始まる。練習中にケガをしないようにツナギの上からダートトライアルのプロテクターを着こみ、ひじや膝にも装備する。もちろん、肩のストレッチを入念に行い、可動域が大きく回復し、痛みも小さくなっていった。
反射神経を鍛えるため、モグラたたきのおもちゃを超スピード動くように改造し、動体視力も鍛える。
ストレートを走る時に空気抵抗を減らすため、体を縮こめる練習。
基礎体力を上げるための筋トレも行う。仕事の時間以外は、常にバイクのために費やした。
「まさか、オレが、マンガの主人公みたいな地味にコツコツ続ける特訓や修行をするなんて、思いもしなかったな」それでも、年齢やキャリアは、他の人に比べ大きく劣っている。ジローにある有利な点は、ツバメがいることだ。「オレには、ツバメがいる」それを呪文のように繰り返しながら練習を続けた。
いこいサーキットでの走行練習を終えた後、Tシャツジャージに着替え、目薬を点した。駐車場の車の後ろでヨガマットを敷いて、ストレッチを始めた。そこにツバメが来た。
「オーバーワークになりすぎないようにね」
「ああ、睡眠は、たっぷりとっているよ」身体を動かし続けるジローを眺めるツバメ。
「ねえ、前の奥さんに合ったって言ったっけ?」ジローの椅子代わりのビールケースに座りそう言った。ちょっと照れたような話し方に硬さがあった。
「最初に典行に会った時、礼子さんが出てきてツバメコーチに怒鳴ったんだってな。ゴメンな。オレのせいで関係ないのに怒鳴られて」話の方向がわからなくて、とりあえず無難に誤った。ツバメは、ジローが別れた妻の名前をさん付けで呼んだことで、硬さがとれた。
「そうなんだ。関係ないから怒鳴られちゃった。礼子さんだっけ、あの人が言ったみたいにあたしがジローさんと結婚しちゃえばいいんだよね」
「そんなこと言ったのか?」ジローとしては、思わぬ方向に話が展開して、動揺した。ストレッチの身体が止まった。
「そうすれば、手術するようなケガしたって、あたしがついていれば大丈夫だよね。よく考えたら、なるほどって思ったのよ」ツバメも、驚いたってことを言いたかったようだとジローは理解することにした。
「ハハ、まあそうかもな。でも、ツバメコーチはちっちゃいけどイイ女なんだから、歳が近くて将来性がある男がいいだろ。若いんだからな。桃川なんかどうだ。いい男だぞ」
「ちっちゃいは余計でしょ。でも、そうね、桃川さん、見た目もかっこいいよね。優しいし、頭いいし」
「だろ、レース終わったら飲み行こうや」
「うん、わかった。でも、二人で行こうよ」
「そうか、じゃあ、セッティングするよ」
「違う。桃川さんは彼女いるし。ジローさんと二人がいい」ツバメが、じっとジローの目を見てそう言った。その目を見たジローは、どくっとしてまたも動揺した。どう話をつなげていけばいいのか困惑した。そのとき、ハッと前から気になっていたことを思い出した。
「……じゃ・じゃあ、飲みになんかよりツバメコーチと一緒にしたいことがある」ジローは自分から目をそらした。
「エッ、何?」
「一緒に走ってくれないか?ほんの2・3周でもいいんだ。いこいサーキットで、ツバメコーチとバトルがしたい。レースでは、他のマシンと抜いたり抜かれたりするんだけど、絶対的に必要な経験が、オレには無いから」
「バトル?」
「もちろん、ツバメコーチに手加減してもらわないとバトルにはなんないけど、接近戦での追い抜きや抜かれる感じ、ブレーキングやポジションの確認なんか」ツバメは、ジローが、バイクが大好きなんだってことが伝わってきて、うれしくなる
「ジローさんとバトルか……練習でも、そんなことできるようになったか」
「無理かな?」
「フフ、無理。でも、いいよ。手加減いっぱいするから、一緒に走ろう。バトルしよう」
やっと日が昇った朝6時過ぎ。いこいサーキットでミニバイクのエンジン音が響く。
「まったく、あいつら。また近所から苦情来ちゃうぞ」首から下げたタオルで、洗った顔の水気をふき取る賀茂田。
「しかし、朝からいい天気だ。バイクで遊ぶにゃ、最高だな」
前をツバメのNS50Fが走る。それを追いかけるジロー。コーナリングでわずかに開くイン側に入り込もうとするジロー。しかしスピードが足りない。ツバメが前でコーナーを抜ける。すぐに続けてコーナリングするジロー。ツバメが振り返りバイザーを開けた。
「前の立ち上がりからスピード載せていかないと飛び込めないよ!」大きな声で叫ぶツバメ。
ジローにその声は聞こえない。しかし、ツバメの大きな手振りで、しっかり抜きに来いと言っているのがわかる。
「オッケー!」左手を軽く上げて答える。
コーナーが迫る。ブレーキングするツバメ。その内側にブレーキングを送らせたジローが飛び込む。マシンを倒しこむツバメ。目の前をすり抜けるジロー。そのまま外側に膨らむ。その内側をツバメがすり抜け前に出る。
「ジロー!あたし、やっぱりバイクに乗るよ!来年またシモツマ選手権に、シーズンエントリーして、チャンピオン目指すから」
「ああ、ツバメの走ってる姿。ツバメのバトルがまた観られるか。最高のシビれるレースが。
楽しみだな」
「あいつら、まるでダンスでも踊っているようじゃないか」賀茂田が、ニヤケながらコース脇で二人の走りを眺めている。