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下妻サーキット  作者: のーでーく
47/62

ジローのシーズン最終戦

46.ジローのシーズン最終戦

レース本番、最終戦。11月の第3日曜日。曇りから小雨に代わる天気で、最低気温も2度。気温が13度程度まで上がるから雪になることは無い予報。まだ痛む肩のまま予選に挑んだ。今日は、ピットクルーにツバメが来てくれた。予選コースインの時間前に並び、なるべく前で走り始める作戦。

「少し路面が濡れているから、みんなペースが上がらないはず。序盤、タイヤが温まったところでそこそこのタイムが出たら、そこでいったんピットアウトして様子見るから」そうツバメが指示だした。

「了解」ジローはヘルメットのシールドを閉めて、コースに入って行った。

「怖がらないで、大丈夫。攻めていいからね」ツバメがそう言って送り出した。

「コースに入り、序盤のうちに前にって言われたけど、みんな速いなぁ」インフィールドに入ったところで次々と抜かれる。しかし、それがかえって刺激になった。肩への意識が減って前のマシンを追うモードに変わった。

「まだ、ペースが抑えめだな。これならついていける」前のマシンはランキング2位の岡島だ。ベテランライダーで、雨の予選の走り方を心得ているはずだ。そして5周を過ぎたころからペースが上がった。ジローは、離されながらも視界の範囲で追いながら走り続けた。濡れた路面を気にしながらも走り続け5周を過ぎたところで、ヘルメットのシールドの雨粒も気になりだしたとき、ツバメの出したピットインのサインボードに気付いた。ジローは、コントロールラインを越えた後、ペースを落とし周回すると転倒車が何台か出ていて、イエローフラッグが振られていた。


「お疲れさま。まだ5分くらいあるけどそれほど順位の入れ替わりは無いから、予選は終わりにしよう。肩どう?」

「痛くて痺れる。ちょうど限界だったかな。オレは気にしてる余裕なかったけど、路面が少し濡れてるせいか、他の人たちのペースが遅くて助かったよ」そう言ってツナギを脱いだ。

「車体が軽くてタイヤが小さいミニバイクのほうが、雨の影響少ないからね。肩、シップでも張ってみる?」

「いや、そっとしとくわ。ちょっと車で休んでる。ツバメコーチ、また知り合いいるでしょうからこっちは放っておいていいですよ」

「うん」ジローは、助手席に乗り込んで、シートを倒した。ツバメは、ジローのライディングスーツにピンクのタオルを押し付け、水分を少しずつ吸い取った。

予選タイムは41秒台ながら全体にタイムが上がらず5位だった。2列目からのスタート。

決勝は、雨が本降りになって、さらに難しいレースコンディションになった。ジローの肩は、痛みが増して肘が動かせない。

「スタートだけ気を付けて、1コーナーで無理しないように、はじかれたら挽回は無理だから。1周目は最高に集中して、転ばないことだけ気を付けてね。後はその順位を守ること。自分のペースを造ってレースを走りきる。どう?いける?」ジローが痛みを我慢して顔色がさえない。

「もちろんだよ。ツバメコーチの弟子なんだから、安心して観ててくれ」精いっぱいの強がりで応えた。


ウォームアップラップが終わり、グリッドに着いた。スタート1分前のボードが掲げられた。ジローの身体が緊張に包まれた。

『やっと帰ってきた。ここが、ここからがオレの最高の時間』

アクセルを握る右手を小刻みに動かし、フロントカウルの中に身体を埋めながら、赤く点灯したシグナルを上目使いで睨む。

『この時をずっと待っていたんだ』

シグナルが消えて、スタート。

ジローのマシンのエンジンが、絶妙な回転でパワーを絞り出す。

『ヤッター!最高!』

ジローの心臓が歓喜に踊った。マシンはさらに加速してゆく。

「ヤッター!ロケットスタート!」ツバメは、そのまま1列目のマシンの間を、他よりも速い加速で前に抜けてゆくジローを見送った。

≪1コーナー、ホールショットは、5番手スタートのゼッケン66番斉藤だー!≫

『このまま、順位をキープする』ジローは、2コーナーを抜け、ヘアピンに抜かう。しかし、右後ろから内側にマシンが入ってくるのが見えた。

『ウヘッ!もう来たか!』

ブレーキングと倒しこみを遅らせ、接触を避け順位を落とした。

『ウクッ!レースレベルだと、肩、痛え~……けど、いくしかない!』

しかし、さすがにまぐれで出たトップ争いには付いていけず、インフィールドの連続コーナーで次々と抜かれ、バックストレートで更に抜かれ、5位まで順位を落とす。

その様子をハラハラしながらピット前で見守るツバメ。最終コーナーを5位で立ち上がってくるジロー。

「いいよー!その調子!」ピンクのタオルを振りながら、なにか叫ぶツバメ。用意していた前への横矢印のサインボードを掲げる。

「声は、聞こえねえよ。でも、分かるさ!」ジローも、ヘルメットの中でそう叫びながら、カウリングの中に身体を押し込めるように縮めて、ストレートを駆け続ける。

レースは、その後も順位を1つ落としたジロー。

しかし、トップグループでも複数が絡む転倒者が出たなか、ラストラップを単独走行で走り続ける。

ジローは自分の順位がわからなかった。

雨の勢いは変わらず、そのままの順位で最終コーナーを抜けてチェッカーフラッグを受けた。

「ウォーーー!やった、走りきった!腕が、肩が、指先が、痺れて感覚がおかしいや」

観客は、ほぼ関係者だけなのだろう。しかし、まばらなその人たちが、レースを終えたライダーたちに手を振っている。コース各所に待機しているオフィシャルたちも旗を振りながらレースを走りきったライダーをたたえている。

ジローは、やっとのことで開いた左手をハンドルから離し、ゆっくりとマシンをピットロードに進めた。

そこに、ツバメが待っていた。ギヤをニュートラルにして、雨粒だらけのヘルメットのシールドを開け、マシンを停止した。

「ジロー‼すごい、3位だよ。表彰台、凄いよ!」ツバメはそう言いながら、雨でビシャビシャのジローに抱きついた。

「ああ、そうか、3位?3位か!すごいな。本当だ、そりゃ凄いわ!」ジローも、ツバメを抱きしめようとしたが、左腕が上がらなくて、右腕だけ、ツバメの背中に回した。


転倒者が多く出て、3位でゴール。そのうえ、ランキング上位だったライダーが転倒でノーポイントだった。

表彰式。ジローは、シーズン総合ランキングでも3位のトロフィーを受け取った。

「以上、3名は、2週間後に隣のシモツマフルコースで行われる関東ナンバー1決定戦、シモツマ2(ツー)サザンオールスターズロードフェスの出場資格も同時にゲットしました!」司会者が、マイクを通じて発表した。

ジローは、そんなレースがあることは知っていたが、まさか自分が出られるとは思っていなかった。しかし、ツバメは、分かっていたようで、ジローの前で飛び跳ねて喜んでいる。

「イエー!!ジロー!今度は優勝だー」そう言ってはしゃぐツバメを、笑いながら眺めるジロー。もう一度、今度はしっかり抱きしめたいと思うジローだった。


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