ジロー、手術終了する
43.ジロー、手術終了する
手術後、6人部屋の入り口そばのベッドで横になっているジロー。医師が術後の様子を見ている。看護師が点滴を取替えている。
「斉藤さん。手術、無事に終わりましたからね。特に問題もなく、きれいにつきました」
「…ハ・イ……アリガトウゴザイマシタ」
「喉に、チューブが入っていたから、少し痛みがあるかもしれませんが、時間がたてば治りますから」
「ワカリマシタ」上唇の右側が腫れている。喉がひりひりする。
「じゃあ、定期的に診に来ますけど、何かあったら、ナースコールを押してください」そう言って医師と看護師が引き上げて行った。その後を典行が付き添う。
「典行か。まだいてくれたんだ。大丈夫だから、帰っていいぞ」
「うん。もうちょっとしたら、そうするよ。お父さんも眠かったら、寝てていいよ。」そう言いながら、折りたたみの椅子を広げて枕元に座った。「手術、待ってる間、ツバメさんといろいろ話したよ。あの人もライダーなんだね。でも、今は走ってないんだってね」
「ああ、オレも、ツバメのレースを観たのは1回だけなんだ。たまたま仕事で行った下妻サーキットで、凄いバトルをしていて、それが、あんなちっちゃい女ライダーだったんで、なおさら驚いた。それに刺激されてオレも走るようになった。でも、ツバメは、そのレースでの接触事故から走るのを止めちゃったんだ。そのことは、凄く寂しい。けど、きっとまた走り出すから、そん時を見逃さないように、オレも走ってないと。バイクを走らせることで、楽しいことがたくさんあるんだよ。だから、今日は、ありがとうな。助かったよ。楽しみをなくさずに済んだ。」
「そっか。あの人、ツバメさんもお父さんが走り続けられそうで喜んでたよ。またチョコが食べられるって」
「そうか。じゃあ、そっちでも典行にまた世話になるな」
「ああ、今度また特別美味いチョコ情報、メールしとくから」
「ありがとうな」
「ああ、意外と面白かったぞ、手術。」
「エッ?何が?」
「隣の看護学校の子たちなのかな。ナースの卵の女の子たちが着慣れてない手術着でオレが寝ている周りを囲んだ状態で、手術が始まるんだ。若いキャピキャピした子のコスプレだぞ。ちょっとだけ先輩の看護師が厳しく指導しながら、オレの腕にチューブ巻いたり、点滴の準備したり。そういうプレーをされてるみたいで。あんなに女の子に囲まれたのは、初めてだったよ。出来れば局所麻酔で、もっと長い時間楽しみたかったな」
「父さん、離婚してて良かったね。そんなことお母さんが聞いたら、骨折どころじゃ済まないよ」
「ツバメにも言わないでくれよ」
回復が順調で、抜糸も済み、1週間ほどで退院した。抜糸は、通院時に済ませた。
退院後は、午前中病院。午後は、会社に出勤できるようになった。もちろん、簡単なデスクワークだけだ。規則正しい食生活に、カルシウムとサプリ、乳製品にプロテインの食生活。
骨折箇所は、新しい骨が見えてこないが、軽いリハビリは、ずっと続くようだ。それも1週間だけ毎日通い、その後は週に1回になり、1カ月過ぎても骨に変化は見られないが、経過観察だけの通院になった。
それからは、次回のレースが、1カ月後に迫っていたので、ジローは、Gチャンのトレーニングを始めた。