ジロー、病院の診察
40.ジロー、病院の診察
「結構ボッキリと折れていますが、縦に裂けたりとかはしていないので比較的普通の骨折です」その整形外科の医師は、女医だった。背も高そうで、骨太で筋肉もあるグラマーなスタイル。首元に見えている金のネックレスの派手さが、なんとなく整形外科医らしい感じだ。
「治療方法は、麻酔掛けて折れた骨を整復して、手術でボルトとプレートで固定して治す方法。これだと比較的治る時間は早い。けど、入院手術が必要です。10日前後入院ですね。もう1つは、時間はかかるけど整復した腕を固定して、自然治癒で治す方法。時間がかかって固定する時間が長くなるから、リハビリも長くかかります。そのどちらかを選択してもらいます。」
「手術なら、左腕を動かすことができるんですか?」
「1カ月は固定。運動はもちろん無理。だけど、予後やリハビリにもよるけど、比較的早めに回復することもあります。仕事も、じっとしてできることならある程度は出来ますよ」
「バイクは乗れますか?」
「乗れるようになるけど、もちろんすぐは無理ですよ。当たり前ですがケガしてない時よりも危険は大きいです。手術したとしても子供でも最低3カ月。あなただと…まあ、上手くいって4・5カ月は無理でしょう」そして、手術にはリスクが伴うため、必ず家族の同意が必要になる。手術中の付き添いも必要になる。リスクの少ないのは、固定して治す。どちらにするかは、明日の診察までに決めるようにとのことだった。
診察を終え、ジローのアパートまで車を走らせた。
「仕事、休まなくちゃなんないね。大丈夫なの?」
「さっき、トシに連絡しておいた。夕方、アパートに来てくれることになってる。でも、まあ、ちょっと暇だったんで、2・3日休むのは問題ない時期だったんだ。それが長くなるようだから、社長に嫌みは言われるだろうけど」
「手術するの?」
「あーあ、失敗しちゃったな。参ったな、痛くて。でも、出来れば手術しちゃったほうが楽だよな」
「バイク乗ってる人たちも、結構鎖骨やっちゃう人は多くて。手術で治す人は、復活率が高いかな。手術しないとそのまま乗らなくなっちゃう。バイク止めちゃう人が多い感じ」
「ああ、でも、家族の同意ってのが、ちょっと無理だな」
「ジローさん、家族、遠くに住んでるの?」
「いや。前住んでいたアパートに、離婚した女性と男の子供がそのまま住んでいて、でも、もう今年22歳になるから、成人なんだよな。だけど、それを頼むのが、ちょっと無理だな」
「なんで?父親が手術するんなら承諾書のサインや付き添いくらいできるんじゃないの?」
「しばらく会ってないんだ。たまにメールはしてるけどな。典行もまだ見習いだけど、仕事してるし、前のカミさんと同居だしな。そういう面倒はかけない約束なんだ」ツバメは、ジローがいこいサーキットのライセンスを取得するとき、緊急連絡先に記した名前が水典行だったことに思い当たった。
「面倒じゃないでしょ。家族なら普通のことじゃない」
「普通のじゃなくて、分かれた家族だからな。手術しか選択肢が無ければ、そうもできるが、時間かければ治るんだから」
「だって、ジローさん、バイクに乗りたくないの?」
「約束なんだ」
「でも、それって、前の奥さんとの約束でしょ。その息子さんとじゃないんでしょ」
「あっ、まあ、そうだけど……でも、自分のせいで起こした不始末だから、これ以上ことを大きくしたくないんだ。バイクは、骨折が治ってからまた乗るよ」
「それじゃあ、間に合わないよ」
「いろいろ事情があるんだよ」
「せっかく頑張ってきたのに、あきらめちゃうの?」しつこいツバメ。
「……自分はどうなんだよ!ツバメだって、乗ってねえじゃねえか!」
「……」
「ゴメン。八つ当たりだ。いろいろ世話かけといて申し訳ない。自分がバカなだけなのに。でも……今日は、ありがとうな。とっても助かったよ。」そう言って車から降りた。ツバメは助手席のパワーウインドウを開けた。
「明日、朝また来るよ。骨折治すのにちゃんと飯食わなくちゃね」いつもツバメが言われているセリフだ。
「大丈夫、ちゃんと食うよ。病院にもタクシーで行くよ」
「電話するから」
「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です」そう言ってアパートに帰って行った。ツバメは、ジローの丁寧な言葉遣いに、ジローが手術をしない決断を感じた。