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下妻サーキット  作者: のーでーく
4/62

ジロー、レースを観る

4.ジロー、レースを観る

何度か仕事に来ていた場所だったが、レースを開催しているときには初めてだった。ジローも若いときには車やバイクに興味を持った時はあった。しかしそれは、周囲の影響や流行りに合せただけもの。生のレースなど一度も見たことはなかった。

鉄骨で組んで白いペンキが塗ってあるスタンドに上がる階段を見上げる。その先から街中では聞かれることのないエンジン音、重低音の地響きとともに排気音が響いてくる。

階段の踏み板を上るのを一瞬躊躇した。

『なんか、圧力あるな。』恐ろしいものを恐々覗くような緊張も伴って、階段を上がった。

大きく開けた敷地の奥から手前に、直線アスファルト路面が迫る。そこを猛スピードで2台のバイクが走ってくる。その爆音がジローの身体を叩き、両目がバイクにくぎ付けになった。

大きなカーブを2台のバイクが折り重なっているように左方向へ抜けてゆく。

そのマシンとライダーたちの100%の本気が、振動のように空気を揺らし、ジローの全身を揺さぶった。

ジローの心臓が、勢いを上げて血を送り出し、頭のてっぺんから手足の先から血が吹きさしそうな勢いで脈打ちビシビシと皮膚を裏側から打ち付けた。身体中がしびれる。ゾクゾクする感覚が身体中で這いまわる。

コーナーを抜けてゆくバイク。それを追いかける両目が、加速してゆくバイクを追いかけようと飛び出しそうだ。

「ジローさん、こっちこっち!」

名前を呼ばれた瞬間、意識が現実を気付かせてくれた。

階段状になった観覧席。5段ほどの一番上に、ジローと同じ作業服のトシ、田浦俊彦が座っていた。

「お・おう、トシ」しびれた手を軽く上げ、階段をゆっくりあがった。

「すみません。もう、説明終わりました?」観客席には、3割ほどの観客が、バラバラに散らばっている。

しかし、その視線は、サーキットの路面の上を駆けるバイクを追っている。

「ああ、最後に事務所に寄るから」自分の口から出た言葉で、仕事のことを忘れていないことに少し安心した。しかし、ゾクゾクする感覚は続いていた。

「わかりました。でも、このレースだけ見せてもらっていいですか?」慎重派のトシが、熱心にバイクレースを観たがったのは意外だったが、それ以上に自分の反応のほうに、戸惑いを感じていた。

「ああ、なんか、スゲエな。ホントにぶつかりそうな感じで走ってんだな」

「来た来た来た来た!さっきから、トップ争いがすんごいんですよ。必ず抜き合うんですけど、ピンクのバイクが、後ろから追い抜くけど、カーブの最後でまた黄色いバイクに抜き返されちゃって」

《トップ争いの2台》屋外用ホーンスピーカーから実況アナウンスが流れる

《バックストレッチを駆け抜けて最終コーナーへ》

ピンクのマシンが左、黄色のマシンが右側を並んで向かってくる。

《スリップストリームから抜け出たゼッケン36、いこいサーキットRT浅野が前に出て、ゼッケン4、チームダッシュ、青戸のインを突いた!》

カーブに対し内側になったピンクのマシンが小さく回り、一瞬前に出た後一直線に並んだ。

《浅野が青戸を交わし、トップに。しかし、オーバースピードかー!》

今度は内側に黄色いマシンが入ってきた。

《ラインがクロスして、青戸が内側に!》

そのままスピードを上げていってまた黄色いマシンが前を走っていく。

《抜き返したー。トップは青戸だー》

「ウォー、スゲーなあ」実況が耳に入り、さっきより頭は冷静に観られたが、身体の血流が、波打ったままだ。

「おっかねー。あんなのが毎周で、さっきなんか、最後、少しぶつかりながら走ってたんですよー」普段は冷静なトシが、興奮気味に説明する。

「なんか、すげぇ~んだな」ジローも声のトーンが高く、大きくなる。

「黄色いマシンがトップ。ゼッケン4番、18歳の青戸一博。シーズンポイントトップで、チャンピオン最有力。将来も有望で海外で走るために英語も習っているらしいですよ」

「へぇー、うちのせがれより4つも下なのに……」

「で、あのピンクのマシン、女なんだって。ゼッケン36、浅野つばめ。ツバメって名前ですから、スタートから何台か抜いて前に出るときなんか、他のバイクの間を縫うようにスイスイ抜いて行って、走りっぷりが名前そのものだったですよ。小柄で華奢な小学生の男の子みたいな体格ですけど、レース歴がもう10年以上のベテラン。28歳で、女だからなおさら、いついかなる時も崖っぷち。だから走りも鬼気迫る勢いってやつらしいですよ」

「トシ、お前よく知ってんなぁー」ペラペラと出てくるトシの説明にジローは面食らう。

「いやぁ、実況アナウンスで、さっき仕入れたばっかの知識ですけどね」

「へえ、あ、もう来た。今度はさっきと逆だ。イン側が黄色のマシン」

アウト側からじりじりと前に出ようとするピンクのマシン。コーナー入口でブレーキングを遅らせ前に出ようとする。しかし、黄色のマシンと横並びで重なるようにコーナリングして行く。内側の黄色のマシンがピンクのマシンを押し出すように外側に膨らむ。

「ぶつかるぞー!」興奮してジローが叫んだ。

ピンクのツバメの身体が黄色のマシンにぶつかって跳ねる。そのまま外側に押し出される。

黄色のマシンが先にストレートを駆けていく。それをピンクのマシンが追いかける。

「なんだ?!スゲーな!あんなことして、いいのか?」

「ヤバイっすよねー!事故ったらどうすんのとか、考えてないっすかねー」

《すごいバトルだ!最終ラップ、トップのゼッケン4番、青戸、物凄いレイトブレーキング!ゼッケン36浅野に付け入るスキを一切見せない!トップをキープ》

《さあ、第2ヘアピンを抜けてバックストレート!》

「ジローさん、来ますよ!」

「おう!」

《ピンクの浅野のマシンが、青戸のマシンのスリップストリームにぴったりと張り付いた!》

すっと内側によけてくるツバメのマシン。じりじりと並びかけ、ツバメのマシンが先にコーナーに入って行く。

「うおー‼」「わあーーー!」冷静さが吹き飛んだ二人、ほかの観客と一緒に叫ぶ。

《浅野が前に出たー!しかし、青戸も引かない!》

ツバメのマシンがそのまま前に。しかし、マシンが外側に膨らむ。その瞬間を狙っていた青戸がイン側に入ろうとした。

そのとき、ツバメのマシンの後輪が滑った。

《ウワーッ》実況も叫んだ。

ツバメのマシンが青戸の目の前で転んだ。青戸もそれをよけきれずにぶつかった。

《接触―!転倒―!!》

ツバメはそのままコースの外側にマシンと一緒に滑っていく。青戸は身体がはじかれ宙に舞った後路面に足から落ちた。

《トップ2台が最終コーナーでまさかのクラッシュ!浅野つばめのタイヤが限界を超えていた!巻き添えを食った青戸が、立ち上がれないー!》

ジローとトシが口を開けたまま、眺めている。

ツバメがノロノロと立ち上がり、マシンを起こそうとしている。黄色い旗を振りながら、コース脇を3人のオフィシャルがマシンに駆け寄る。

「まだ、走る気なのか?ツナギも擦り切れてんじゃねえか?」

ツバメがマシンを押してエンジンを掛けようとしているが、ハンドルやレバーも曲がってしまって、オフィシャルに制止させられている。

青戸は、3mほど外側で、足を痛そうに気にしている。一度立ち上がろうとしたがまた座り込んだ。

その様子をジローとトシは、呆然と眺めている。

「土埃と擦り傷でボロボロじゃねえか」

「さっきまで、輝いていたのが、一瞬でボロ雑巾になったみたいに」

「ああ、でもまだ火がくすぶっているように見える」ジローの二の腕が、鳥肌でビリビリしていた。身体の芯は火照り、ゾクゾクした感覚。心臓の大きく脈打ち、血液を勢いよく噴出し身体を内側から表面をたたき、吹き出そうとしていた。その目は、ライダーから離れない。


ジローとトシは、サーキットのメインスタンド裏からホームストレートスタンド裏を、ぶらぶらと事務所に向かって歩いていた。

「怖くないんすかね?」ぽつりとトシが言った。

「まるっきり、怖くないってことは無いんじゃねえか。」

「ですよねー。それに、痛いでしょうにねー」

「痛そうだよなぁ。でも、それよりも大事っていうか、必要ってか、やりたい、走りたい。ってのがあんだろな」

「……」トシは、何歩か先の地面をボーっと見ている。

「なんか、観てても、そういうの、伝わってきたよな」

「きましたね」まるでジローたちがレースに参加して、疲れたようにとぼとぼと通路を歩いていく。

「トシ、お前もやってみれば?」

「ええ?オレっすか?」他愛ない冗談に、少し乗って驚いて見せるトシ。

救急車のサイレンが近づいてきた。パドックとの連絡通路から出てきて、ふたりの前を横切り、サーキットから出て行った。

「やっぱ、無理っす。ケガも智ちゃんも、恐ろしい……」

「そうだな。かわいいカミさんだもんな。翔馬と茉莉もいるし」

「ジローさん、お任せします」トシが冗談で、改まった口調で言った。

「ハハッ」ジローは、軽く笑った。


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