雨上がりの走行練習
38.雨上がりの走行練習
その日は弱い雨の中、住宅廻りの排水配管作業だった。夕方前には管の敷設が終わったが、溝に水が溜まったせいで埋戻しができない。夕方から雨が強く降り、次の日に続きの作業ができそうもない。
ジローは、ネットで天気予報をチェックした。雨は、朝まで残るが、その後は晴れてくる予報だ。
「トシ、明日仕事休んでいいか?」
「いいっすよ。吉田さんの見積りオレ出しときますよ。でも、いこいサーキットは、路面に水溜まってんじゃないですか?」
「アラカワスポーツウェイに行ってみるよ。あっちは早く雨上がるみたいだから」
アラカワスポーツウェイは、埼玉県のほぼ中央の荒川河川敷にあるミニサーキットだ。世界的に活躍するライダーが数多く育ったサーキットとしても有名だ。タイトなコーナーが多く、テクニカルなコースで、ジローにはハードルが高い。しかし、雨上がりの平日は、客が少なく、ジローなどの未熟なライダーでもそれほど邪魔にならずに走れるはずだ。
「それじゃあ、明日の事務仕事、先に片付けておきます。なんで、トシさん、宜しくお願いいたします」
ジローは、明日のために残業した。
夜9時前に家に帰り、すぐにバイクの積み込を開始し、終わったのは11時近くになっていた。それからシャワーを浴び、簡単な食事を取り、就寝した。
次の日の朝、5時にだるい身体を無理やりベッドから起こした。
すぐに着替えを済ませ、車に乗り込み出発した。アラカワスポーツウェイまでは、まだ圏央道も出来てないころ。一般道が空いていれば1時間30分で着く。
ところが、途中で事故渋滞に巻き込まれた。ノロノロとしか進まない。
「こんなんじゃ、雨が上がってから、ゆっくりいこいサーキットに行ったほうが良かったな」
ぶつぶつと愚痴を言いながらやっとのことでアラカワスポーツウェイに着いた。
それでも、さっさと受付をして走行準備、何とか9時半には走り始めることができた。しかし、全然上手く走れない。コーナーの立ち上がりやストレート加速でエンジン出力が上手く合わない。原因は、ファイナルギヤレシオと言われる減速比があっていないからだった。ドライブスプロケットのセッティングが、下妻サーキットで走る仕様のままだったのだ。そのため、10周ほどで走行を停止し、スプロケの交換をすることにした。
「なんだ、タイヤも減ってるな。これじゃあ、帰りにマルヤに寄ってタイヤ交換も頼まなくちゃ」
結局、午前中はほとんど走れなかった。そして、午後も、マルヤに寄る都合もあるから、1時間程度で引き上げる予定にした。その頃になると、雨が上がって路面がすっかり乾いたこともあり、他のライダーも走りに来ていた。
それでも、その日はいつものように気持ちよく走ることができない。フラストレーションの溜まるギクシャクした走りしかできない。ジローは、気の乗らない走りに見切りをつけることにした。
「やっぱ、今日はダメだな。あと3周で30周か。そしたら、帰るか」
なぜ、そのときすぐに走るのを止めなかったのか。後悔することになるとは、思いもよらなかった。