ツバメの下妻サーキット
34.ツバメの下妻サーキット
「ツバメちゃん、久しぶり。今シーズンのエントリーリストに名前見つけられなかったから、止めちゃったかなって心配してたんだよ」
「ご無沙汰して申し訳ありません。その節は、ご迷惑をおかけしました」相手は、ツバメが去年、シモツマのレースでぶつかった青戸一博の所属していたチーム・ダッシュの監督の遠藤だった。
「青戸君、一度いこいサーキットに来てくれたんですよ」
「本当。じゃあ、聞いたんだね。一博、とりあえずバイクに乗れなくなったから、うちもいろいろ体制が変わって、選手権に出るライダーがいなくてね。今シーズンは、若手から上げられる選手を育ててるところ」
「青戸君、乗れなくなったって?ウチに来たときは、新しい仕事が決まったからって」
「ああ、もちろんそんな話もあるんだけど、一応あいつはまだ未成年だから、家族関係がぎくしゃくしちゃって、家庭の事情が許さないってこと。親の承諾が無いと何もできないっていうわけなんだよ」
「そうだったんだ」
「ところで、さっきのレースでいこいサーキットのステッカー貼ってたマシン出てたね」
「ハア、恥ずかしながら、知り合いでして」
「そのレースでトップ取った北野晴夫、ウチの期待の星なんだ。もう少しでいこいさんのステッカー貼ったマシンを周回遅れにするとこだったから、ちょっとビビったよ」
「えっ?」
「いこいさんのマシンと絡んで、トラブルとかあったらイヤじゃない。縁起悪いっていうか」
「そんな……」
「いやっ、失礼。ごめん、ごめん。笑えないジョークだった」
「ホント、今度同じレースに出るようなことあったら、そんなジョークを言ったこと後悔するようなライダーにしておきますから」勢いで出た言葉だった。
「来シーズンは、シモツマロードに北野を出す予定だから、ツバメちゃんがもし復帰するなら、今度はお手柔らかに頼むよ」
「今度はって。」一瞬、反論しそうになったが、その言葉を飲み込んだ。「迷惑をかけるようなレースは、二度としません」悔しさが胸に広がったが、そう言って頭を下げた。
「ハハ、俺も負けず嫌いだから、つい、余計なこと言っちゃって」そう言って頭を掻いた。「俺も青戸も、ツバメちゃんの走り、好きだから。また、一緒にいいレースしような」遠藤がそう言った。
最初のレースは、スタートから失敗。それでも徐々に挽回して、ラストラップ、最後にもう一度失敗した。でも、リタイヤせずにゴール出来た。
「お疲れさーん!」ジローの背中にツバメが飛びついてきた。ピンクのタオルで背中からくるむように首に抱きついてきた。
「ウワーッと!びっくりしたー。今日は、散々心臓ドキドキして、やっとレースが終わったと思ったのに、また心臓ドキドキだよ。」ジローは、物凄く照れくさかった。
「最初と最後は、ミスったね。だけど、そのほかは、すごく良かったよ。見ているコッチがドキドキした。追い抜きも結構上手くしてたし、何より転ばずにゴールしたのが最高良かったよー。」ツバメはそう言ってジローの頭を撫でるようにバスタオルでこすった。
「ありがとう。ツバメコーチのおかげだよ」
「でも、課題がいっぱい出てきたね。また、いこいサーキットで練習しなくちゃね」タオルから手を放して、ジローの目を見ながらそう言った。
「ツバメコーチ、またよろしくお願いします」
「まっかせなさーい」ツバメがニッコリとそう言う。「勝てなかったから、ジローさんにご飯おごってもらおうと思ってたけど、やっぱり、知り合いが結構来ていて、挨拶回りがあるから。じゃあ、また、いこいサーキットでね。」そう言ってツバメは、駐車場の中に消えて行った。それを見送りながら、今日の体験を思い返した。ジローの胸の中に喜びが沸いてくる感覚に満たされた。
ジローが生きる中で欲しかったものは、これなのかと思った。