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下妻サーキット  作者: のーでーく
33/62

ジロー、レースを終える

33.ジロー、レースを終える

駐車場が隙間なく車で埋まっている。

その周りにそれぞれのマシンたちも並んでいる。マシンの工具やタイヤ、キャンプ用のテーブルセットなどが所狭しと並んでいる。その間をすり抜けるように、ジローは奥のほうへマシンを転がしてゆく。

コース側の途中で、ツバメが知り合いと話をしている。ジローに気づいて手を振る。ジローも手を振り、マシンを車に進ませる。

ジローの軽のワンボックスと桃川がマルヤで借りてきたバンが見えた。

2台並べてあるジローたちのピットスペース。

その後ろで、桃川がマシンを停めて、ヘルメットを脱いでいる。皮ツナギのジッパーを下まで下ろし、腕を抜こうとしている。桃川の体から、汗が飛び散って見える。


ヘルメットのシールドを開けて声を掛けた。

「速いなー」

ジローは、マシンを桃川のマシンの横まで滑らせ、エンジンのキルスイッチでエンジンを停止した。

「アッツくって、ジッとしてられなくて、我慢できないっすよ」

桃川はそう言いながら、肘掛付きのパイプと布で出来た折りたたみのイスに腰を下ろして、片方の足を挙げた。

ブーツとツナギの裾を無理やり引っ張って、体から剥がしている。


「ハハ。ここへ戻ってくるのもそうだけど、それより、レースだよ。やたら速いじゃない」

ジローもやっとスイングアームに三角スタンドを掛けてマシンから離れた。


「そんなことないですよ。ジローさん、最後、自分のすぐ後ろにいたでしょ。絶対抜かれると思ってましたよ」

桃川は、せわしなく、腰にバスタオルを巻いて、アンダースーツも脱いで短パンに履き替えた。いつもと違って、落ち着きが無い。

「やっと追い付いたと思ったけど、なかなかミスもしない。最終コーナーで仕掛けようと思ったら、オレのほうがミスった。最後の最後にミス。コケるかと思ったよ。……やられたぁ。チクショー。でも、オッモシロカッター。」

ヘルメットを脱ぎ、汗まみれの顔を出した。

「ジローさん、スタート失敗したでしょ」

桃川は、タオルで汗まみれの顔をごしごし擦りながら、クーラーボックスからスポーツドリンクのペットボトルを出した。

「ハハ。バレてた?」

は、全身に疲労感が襲ってきて、立っているのが辛くなった。とりあえず椅子代わりにしているビールケースに腰を下ろし、皮ツナギのジッパーを下ろした。

「自分は、前、店に来ていた白井さんにスタートのコツって言うか、聞いてたんですよ」

そう言って、スポーツドリンクをゴクゴクとのどに流し込んだ。

「えっ?」

ジローは、ヘルメットをはずし、先にクーラーボックスから栄養ドリンクを出して飲んだ。

「スタートのときって、1コーナーに向かって、イン側にバイクが集中するじゃないですか。そうすると、他のバイクと接近しすぎてアクセルを開けられなくて、スピードが出せなくなっちゃうって。だから、大回りにはなるけど、アウトで目いっぱいアクセル開けてったほうが、前に出られるって聞いてたんですよ」

桃川はそう言って笑った。

水分補給したとたん、もう元気になっている。少し、落ち着いたようだ。

「白井さんに、そんなアドバイスを受けてたんだ。やられたよ。優勝しようって気はなかったかもしれないが、オレに勝とうって気は、有ったんだな」

ジローは、じわじわと染み込むような、痺れるようなだるさを感じていた。

ちょっと強がる口だけが、動く。

「いや、別に、隠してたわけじゃないですよ」桃川は、少し顔を赤くしてそういった。だいぶ落ち着いてきたようだ。

「ハハ、なに、お前は優しいよ」身体全体がじわじわ痺れるような疲労に包まれている。

ジローは、関節や節々の痛む身体にびくつきながら、意を決して立ち上がった。

「今、二つのことを教えてもらった。スタートのコツと、レースの厳しさ」

一気にツナギを体から引き剥がした。

「レースは、勝つもんだってこともな。次は、負けないからな」

ワンボックスの荷台にツナギを投げ込んで、タオルで顔を拭いた。

「いや、悪い意味じゃなくて。でも、意外と面白かったです」桃川はちょっと考えるようにそんなふうにいった。

「自分なんか、仕事の延長みたいなもんだから、ちょっと面倒だなって思ったときもあったんですけど、実際レース出たら、面白かったですよ。いや、そんなんじゃ足らない……びっくりするくらい、面白かった。だから、また走りたいです」

桃川が照れた顔で、少し興奮気味にそう言った。

ジローは、桃川の顔を見て笑った。

「桃川君も走ってて感じたな」

ジローは、疲労で、ビールケースに腰掛けた状態から動けない。

「何をですか?」

桃川は照れを隠すように、トランポにバイクをしまう準備を始めている。しかし、ジローの問いに何かを思い出した。

「ジローさんが迫ってきたときから、なんか自分、見えたんですよ」

「えっ?」桃川は、トランポにラダーをセットしながらそういった。

「自分が走るラインと、後ろのジローさんの走り」。

ジローは、桃川の顔を覗き込むように見た。自分の記憶を探るように伏し目がちにバイクを動かしている。

「いままでより自分でも乗れてるって感覚で、気持ちよかった。でも、最後ジローさんが迫ってきたときは、焦っちゃった。」

桃川は、バイクをラダーの前で止めて、ジローを見た。

「でも、その瞬間、ジローさんがミスるのが分かったんで、すぐまた自分の走りに集中できて、チェッカー受けられた。なんか、それで、すごく気持ちよくなっちゃった。」

桃川はそういって、少し笑った。また恥ずかしそうに。

「やっぱりな」

サーキットの中では、別のレースが始まっている。

ジローからは見えない戦っている男たちを、見つめるように顔を向けている。

「また来ような。」

「ええ、自分、ちょっとレース見に行ってきます」桃川は、タオルを首にかけ、短パンにサンダル姿で、駐車場を横切りコース側に歩いて行った。


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