表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下妻サーキット  作者: のーでーく
32/62

ジロー、桃川を追いかける

32.ジロー、桃川を追いかける

8コーナーから、最終コーナーへ向かう。その先には、桃川のマシンが見えた。

『スタートで付いた差を、ここまで詰めて、桃川の背中が見えるところまできた。ラップタイムは、俺のほうが確実に速い。絶対に追い付く』

ジローは、レコードラインをなぞりながら、桃川を追いかけ、6周を終えた。


ホームストレートで30m。差がありすぎて、スリップストリームが使えない。それでも、スピードが遅くなるコーナーでは、ジローのマシンが、ぐっと近づく。

『もう少しだ』ツバメが、さっきよりも旗を激しく振っている。

『3台抜いたぞー』ジローは、自慢げに叫んだ。ツバメも喜んでくれている。


ジローは、ぎりぎりの攻めの走りをしながら、最終コーナーを立ち上がる。そして、桃川に迫ろうとホームストレートを駆け抜ける。7周をクリア。そしてまたツバメの許へ帰ってきた。ツバメの顔が見えた。8周目のスタートだ。


『スタートからずっと、桃川君との差が詰まっている。ラップタイムは、俺のほうが速い。それに、同じ性能のマシンだから、直線スピードだけでも体重の軽い俺のほうが速いはずだ』

ジローは、カラーリングのしていない桃川のマシンのテールカウルを睨む。その中から突き出したマフラーエンドを睨む。後輪が回りながら路面を蹴り出している様を睨む。桃川が、マシンの上で、右に左に体を動かし、マシンを傾けコーナーをクリアする様を睨み、追いかけていく。マシンも人もスムーズに動いている。

『変だ。俺と桃川君との差が、全然縮まらない。桃川君がペースを上げたのか?ヘアピンでも後ろを振り向いていないから、俺が付いているのもわかってないだろうに。でも、何故だ?』

桃川の背中をにらみながら、8周をクリア。そしてまたツバメの許へ。旗を掲げてまっすぐ立っている。9周目。ジローには、もっと速く走る方法はない。レコードラインを出来る限りキッチリなぞって走る。ブレーキングとアクセルワークをキッチリ操作する。ギヤをエンジン回転にあわせ、キッチリつなぐ。マシンの動きに合わせ、キッチリと体重移動をする。そのために、集中する。集中する。コーナーの出口を、ストレートのその先を睨む。

コントロールラインを駆け抜ける。9周をクリア。ツバメがいる。


『桃川君。やたら速いや。全然、追い付けないや。オレより遅いようなこと言っといて。だまされた』

ジローは、桃川の走りを観察した。マシンの動きと体の動きは、無理なところがない。揺れてないし、雑さがない。熟練の力の抜けた走りのように見える。

桃川とジローは、等間隔を保ちながら、10周をクリア。11周目もそのまま、ホームストレートに戻ってきた。


『ラスト、1周か』ツバメがストレートの先でピンクタオルを掲げている。それを左側に感じたそのとき。

『何だ?』

右前方から、淡い光の壁のような得体の知れない圧力を感じた。

それが、あっという間にすれ違って後ろへ。

それに襲い掛かるように、赤い煙の光が追いかけ、過ぎて行く。

太陽の鋭い光の中を、皮のツナギを着てアスファルトの上を駆け回っているジローの体が、縮み上がった。

それは、半周ほど後の、インフィールド。7コーナー過ぎ短いストレート。ホームストレートから見て、右側、対面方向に一瞬見える。トップの北野と、追いかける猛者共達だった。


『何だありゃ。いったいどんな走りをしてるんだ。あんなのに後ろに付かれたんじゃ、あっという間に周回遅れにされちまう。とにかく後一周、ミスしないように逃げなくちゃ。』

ジローは、ブルッと身震いして、北野のことを頭から消した。そして、また桃川の背中に集中した。


『桃川君がひとつミスでもすれば、追い付ける。』

ジローはストレートから、1コーナーに飛び込んでいった。

ジローは、勘違いした。トップは、後半周でゴールする。ジローがコントロールラインを抜けた時点で、もう抜かれることはない。しかし、その勘違いが、ジローの集中力を高めた。


桃川に続いて右2コーナー。そして、右ヘアピンの3コーナー。

『ん?桃川君、ライン、イン寄りだ』

ジローは、通常のライン取りで3コーナーにアプローチ。桃川は、それまでより鋭角的なラインになった。そのため、より強くブレーキングした。ちょっとしたミス。コーナリングスピードが遅くなる。そのとき、桃川が一瞬、後ろを確認した。

『やっと追い付いたよ』

ジローは、ヘルメットのシールド越しに桃川の目を見つめた。

桃川は、コーナーを立ち上がる。その後ろすぐにジローが付く。それまでの差が、一気に無くなった。チャンスが来た。

ゆるい右4コーナーから、すぐに左5コーナー、また左6・7コーナー。マシンを傾け、桃川の後ろにぴったりと張り付いて立ち上がる。

後は、右に大きく回り込む右の9コーナーから最終コーナー。

『桃川君、オレがくっ付いているのを意識して、イン側のラインをあまり開けずにコーナリングするはず。それなら、ラスト、外から仕掛けてゴールラインまでに前に出る』

9コーナーが迫る。

マシンに伏せていた上半身をガバッと起こして、右膝を開き、ステップを踏みしめながらブレーキング。

すばやく腰をシート上から右側にずらし、左足の膝から下をマシンに引っ掛けるようにし、足先でステップを踏みつけるように加重をかける。

右膝を大きく開きマシンを右に傾ける。膝に付いているバンクセンサーが路面をこする。

コーナーの内側、ぎりぎりをマシンがかすめてカーブを曲がっていく。

角度が変わる最終コーナーに備えて、コーナーの内側から徐々に外側に膨らむ。

それに合わせ、マシンを起こしながら、アクセルを開けていく。

ジローが思ったとおり、桃川のマシンが、一台分内側のラインを走る。

桃川のマシンが最終コーナーに入っていく。アクセルを開けてない。パーシャルのままだ。マシンの伸びがない。

『ヨシッ』

ジローのマシンが外側から、桃川のマシンに少しずつかぶさるように並んでゆく。コーナリングスピードが、速い。

クリッピングポイントをクリアする。

『行ける』

ジローは、アクセルをガバッと全開にした。

そのとたん、前輪が、ズルッと滑った。

『ウワッ』

瞬間、アクセルを戻した。タイヤのグリップが回復し、マシンがギクシャクと暴れる。

マシンが、コースを斜めに横切るように外側に突っ走る。

目が飛び出すほど、ひん剥いて、体中に力が入る。コースを飛び出す寸前、マシンを両足で挟み込み、ハンドルを押さえつけた。マシンが、何とか向きを戻す。

『クー、焦った』

顔を前に向きなおした。桃川はすでに20m以上先を行きゴールラインをくぐった。

ジローは、シフトペダルをかき上げ、ギヤを下げてアクセルをひねる。

マシンのスピードが上がる前に、チェッカーフラッグがジローに振られた。

『チッキショー、ミスったー』

マシンの上で体を起こし、アクセルを緩める。

レースが終わった。

ツバメがその日一番、大きな笑顔とともに、大きくピンクタオルを振っている。ジローもツバメに手を振り返した。

夢中で走っているときは、ほとんど気付かなかったコース脇にいたオフィシャルたち。

コーナーの内外で黄色の旗をゆっくりと振っている。ライダーたちの全力の戦いを称えて、『お疲れさま』と両手を上げて振っている。

ライダーたちも、見守ってくれていたオフィシャルたちに、『ありがとう』と手を振って応える。

3・4・5・6と続く厳しいコーナーも、マシンを起こしたままゆっくりと流していく。

ぐるりとゆっくり一周回って、ピットロードにマシンを進ませ、コースの外に出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ