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下妻サーキット  作者: のーでーく
31/62

ジロー、追い上げる

31.ジロー、追い上げる

1周通過時でビリから3番目。21位。

すぐ前のもう一台を狙う。右に直角に近く回る1コーナーを廻りながら、後に張り付く。すぐ、もう一度大きな半径で回る2コーナー。コーナリングスピードは、明らかにジローのほうが速い。

前走者が、次の右3コーナー、ヘアピンカーブに備え、左側に走行ラインを取った。ジローは、右側をまっすぐ突き進む。

3コーナーが迫る。左側から、前走者が、ジローの前に被ってこようとする。

ジローのマシンが、コースの右端と、前のバイクの隙間を、間一髪すり抜ける。

しかし、すぐ前に、鋭く右に曲がるコーナーが迫る。

フルブレーキング!ツバメに教えられ、何度も練習したブレーキング。

バッとジローの周りの気が膨らむ。血が波立つ。体中の毛が、逆立つ。かっと見開らいた目が、恐怖からすぐ前の路面に張り付く。それを、次の瞬間、無理やり剥がし、コーナー出口に向ける。

マシンのスピードを体で感じ、ガバッと右に体重を移動する。右足のステップを踏みつけ、ハンドルを右下側にひねり、マシンをバタッと寝かせる。

「くっ!」

クリッピングポイントからマシンが膨らむ。そのまま立ち上がる。緩い右4コーナーにマシンを立てて入り、すぐまた急な左5コーナー、すぐにもうひとつ、左6・7コーナーの複合コーナーに突っ込んでゆく。

左、左とマシンを倒し、コーナーを抜ける。

「クリアァー。フー」

詰めていた息を抜いて、また、酸素を補給した。さすがに練習とは違い余計な力と緊張からスムーズなコーナリングとはいかない。それでも、抜いたマシンとの差は、かなり開いた。

ジローのマシンとぶつかるのを避けるため、後ろのバイクがアクセルを緩めたのだ。

「ヨッシャー、」

ジローは、加速しながら、次のコーナーの入口を見つめた。


 次の周も、なんとか2台抜いた。

その2台抜くのにもたついたせいか、少し前との差がある。途中の3コーナーで、2台が転倒していたから、順位を7番、上げたことになる。コントロールラインを抜けて3周が終わった。またツバメが応援するストレートエンドまで来た。16番手だ。4周目のスタートだ。

前は、かたまって3台。少し離れて、もう一台。

「あれは、桃川だ。」

前は、8・9、そして、最終コーナーと続く複合コーナー。大きなヘアピン状の右コーナーになる。その入口を、3台を引き連れて飛び込んで行く桃川が見えた。

少し古臭い、時代遅れの黒い革ツナギ。桃川も、ショップの社長、宮本に借りたレーシングスーツだ。

「とりあえず、桃川君の前を狙う」

ジローも、コーナーへ飛び込んだ。


 さすがに、少しでも前を走っているライダーは、今までよりも速い。追いつくのは何とかできたが、抜き去るほどのスピード差が無い。少しでも隙を探そうと、観察しながら走る。

3台の塊が、お互いの隙を狙いながら突き進んでゆく。


メインストレート。4周クリア。3台の塊を追いかけて、フルスロットル。直線の3分の2を過ぎたところで、前のマシンとの差が狭まる。ツバメの掲げるタオルが、目に入る。5周目。

スリップストリーム。前のマシンが、空気の抵抗をさえぎってくれる。その分、自分のマシンのスピードが上がる。非力なミニバイクは、その効果が大きい。

ショートサーキットとしては、長い253mの直線が、前のマシンとの差をじわじわと狭めてくれる。


ジローのマシンが、1コーナーの入口で、その塊の後に追いついた。

前の3台は、真ん中が前の隙を狙い、それによって生じたリズムの変化を後ろのマシンが狙う。

ビリビリとした駆け引きと緊張感。その中にジローも突っ込んでいく。

複雑に続くコーナーを、次々とクリアして行く。先頭が転びでもしたら、後ろ3台とも突っ込んで、大きなクラッシュになるだろう。接触をしないで走っている様が、アクロバティックで刺激的だ。


塊のまま、最終コーナーを立ち上がって、直線に帰ってきた。5周が終わる。

ツバメが応援している。それに応えたい。

ジローが自分から仕掛けていかないと、抜く隙を見つけることが出来そうもない。

「やっぱり、3コーナー、ヘアピン入口までにイン側で並んで、前に出るのが、一番安全か」

直線から右1コーナーを4台が、マシンを右斜めに倒しながら、接近したまま一列に抜けていく。コーナーの内側の縁石がタイヤの右端をかすめ、後ろへ過ぎていく。

マシンは、少し左アウト側にラインを取り、右2コーナーのクリップをクリア。

すると、すぐ前のマシンの後輪が、予想よりも多めにアウト側に進んだ。


『何か有る』瞬間、ジローは感じた。と同時に、カチッとスイッチが入った。

全身の感覚が、更に一段、鋭くなった。今までにない感覚。

全身の毛が逆立って、一本一本の先端が周りの空気を捕まえようとする。

時間の進む速度が、急にゆっくりになる。

体の下で、マシンのタイヤが、路面を蹴る。その音、エンジンの回転音、必要な音情報が、体に響く。

目が、前のマシンのタイヤ1本内側に、明るさを捉えた。

瞬間、そこが、自分が走るべきラインだと確信した。

五感で捕らえた情報量が、格段に増えた。それを瞬時に処理する。と同時に、体が動いている。

右手でアクセルを開きながら、体は、ブレーキングに備える。

2台前のマシンが、インから離れない。突っ込む。

『仕掛ける』ジローが、そう思った瞬間、4台中、先頭マシンが、アウト側からブレーキングしながら、3コーナーに。

その内側、後ろから1拍ブレーキングを遅らせたマシンが並びかけた。そして、フルブレーキング。

外側になったマシンが、突っ込んできたマシンに気づき、倒しこみが遅れる。

抜きにかかった内側のマシンのスピードが、速すぎて、ブレーキがわずかに間に合わない。クリッピングポイントを外れる。

外側に飛び出すのをなんとかこらえ、遅れて、マシンの向きを変えた。

イン側が開く!

その隙を、ジローの前のマシンが飛び込んだ。

それにあせったか、前の2台が軽く接触して、バランスを崩し、失速した。

ジローは、冷静に無理なく、その隙を突き、2台を抜いた。

ジローの露払いをしてくれた前のマシンは、突っ込みの速度が速すぎた。

結果、次の5コーナーの内側に付いて失速する。

コーナリングのスピードをコントロールしたジローのマシンは、スムーズにアウトに振ることが出来た。

スピード差が、格段に違う。

前のマシンを後ろから、右サイドを眺める。そして、6コーナー、外側から。

アクセル、オープン。スピードを載せて、7コーナー。

外から、スピードを生かして、前を塞ぐ。そして、集団から抜け出た。

視界が開けた。前にいた3台を、3・4・5・6・7の複合コーナーで、一気に抜けた。

目の前が開けて、気持ちのいい空気にジローが包まれた。


今の感覚は、何だったのか?

ひとつかふたつ、上のゾーン。ジローが出せる能力以上の走りが、何故か出来た。

思い出すと、すばらしく、鳥肌が立つような快感。

その余韻に浸る暇は、今はジローにはない。その感覚を頭に刻み込んで、ジローは、前のマシンを見つめた。


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