シモツマサザンST100クラス・スタート
30.シモツマサザンST100クラス・スタート
グリッドに並んでいる4スト単気筒100ccエンジン、23台が一斉に回転を上げ、吼える。血が踊る。緊張と興奮が高まる。
体の中の血が、煮え立つように熱くなってくる。前に見えるライダーたちの背中から、ゆらゆらと気が沸き立っている。それが、大きな塊となっていく。
しかし、それをさえぎるように、その気の前に、ひとつだけ涼しげな白いゆっくりとしたオーラが、キラキラと光っている。北野の背中だ。
「ハハッ。やっぱり、北野は特別だな」ジローはうれしそうにつぶやいた。
グリッドの上に並んでいる赤信号を、見つめる。
決勝レースは、12周。走りきることが目標だ。
レッドシグナル点灯。神経を集中する。エンジンの咆哮が、響く。
『まだか?』
レッドシグナルが消えた。
スタート!
「ツハッ!」
少しの焦りが、アクセルとクラッチの繋ぎを遅らせた。エンジンの噴け上がりがもたついた。両足で路面を思いっきり蹴る。
タイヤが路面を蹴り、バイクが前へ進む。前のマシンよりも、1拍、加速が鈍い。それでも、アクセルは、ワイドオープン。とにかく前に。
短いストレート。逆チェンジのギヤを踏み込み、シフトアップ。右に大きく廻る1コーナーへ、加速しながら飛び込む。前のライダーたちが、ラインを塞ぐ。ぶつかりそうになり、思わずアクセルを緩める。エンジン回転が下がり、もたつく。
『やばい!ビリか?』
トップはもう、次のヘアピンコーナーを入っていく。
『ホールショット、北野か』
白いキラキラした気を発している北野が先頭だ。その後を楔形に、5台くらいが追いかける。
赤く膨らんだ気が、北野に襲い掛かろうと突き進んでゆく。
しかし、ジローが今、気にすることじゃない。とにかく前でダンゴになっている集団に食い込んでいくしかない。
『それにしても、前がつまっていてコーナーの入口で突っ込みそうになる。さすがにレースだと、後ろから突っついても、前を譲ってくれるヤツはいないな。邪魔でまともにアクセルが開けられない。オレの前を塞ぐなっつうの!』
ジローは、そんな思いと、舌打ちやうめき声を発しながら、ブレーキやアクセルを小刻みに忙しく操作し、マシンを突き進める。
神経と血が、ジローの体を駆け回る。手足をすばやく動かしながら、マシンを操る。
前のマシンに張り付く。次のコーナーでイン側になる位置で、先に立ち上がり、加速する。
ジローの体の気が膨らみ、前のマシンに襲いかかろうとした。
コーナーが迫る。
『オレが、内側だ。寄ってきたら、ぶつかるぞー。早くブレーキをかけろ』
ジローのマシンが、横に並ぶ。隣で、マシンの倒しこみが遅れる。抜いた。前に出る。
「クッ!」
一瞬の恐怖を押さえつけ、路面の先を睨みつける。息を詰める。
マシンのタンクを力いっぱい締め付ける。右手のブレーキレバー。右足でブレーキペダル。ブレーキング。
「クウッ。曲がれー!」
突っ込みから、マシンを右に傾ける。マシンにぶら下がるように自分の体を下にずらす。右膝に着いているバンクセンサーを、路面に擦りつける。
コースが目の前を凄い勢いで過ぎてゆく。
左足内側とステップの根元に、体重をかける。タイヤの内側のゴムを路面に押しつけながら、クリッピングポイントをクリアする。
「ヨシッ!」
一瞬の安堵と共に、マシンを起こしアクセルを当ててゆく。
同じマシンに乗り、レースに出ているライダーをひとり、ジローが抜いた。
「ヤツよりも、オレのほうが、速いぜ」
ブレーキングの恐怖とコーナリングのスリル。加速が、ジローの体を波のように揺さぶる。
「うっくっくっく……」
歓喜の唸りが、口から漏れる。
コーナー出口を睨む。アクセルを、開けて立ち上がる。
「ガバッと、フルスロットル!」
メインストレート。また、一台抜いた。
コントロールラインを抜ける。
一瞬、コースの外にピンクのタオルを振るピンクのシャツの人物を見た。
「ツバメだ」そう思った後、すぐにコーナリング動作に入る。
《ジロー GO!!》そう叫ぶ声が。ジローに力が沸き上がってきた。