ツバメ、GP4決勝レース
3.ツバメ、GP4決勝レース
サーキット上では、GP4、4ストローク400ccクラスの予選走行が終了したところだ。
ゆっくりとしたスピードで、ピットロードから次々とパドックに戻ってくるマシン。
その中に、ピンクをベースにカラーリングされたマシンに跨る女性ライダー、浅野つばめがいた。
「お疲れさん、直線の加速とトップスピードが伸びなかったな」ピットロードからパドックに戻ってきたマシンを賀茂田が支えた。ツバメは、バイクから降りてヘルメットを脱いだ。ショートカットのうなじに汗が流れる。身長151㎝と小柄な体格のせいで28歳という年齢にもかかわらず少年のような印象がある。180㎝以上の大柄でガッチリした賀茂田と並んでいると半分ほどしか無く、なおさら子供のようだ。
「ちょっと前から減量もしたんだけど、ストレートに効果なかった。スリップ付けなくて。それよりスタミナに影響出ちゃって足つりそうになっちゃった」目の下にクマを作って表情も冴えない。ダルそうな足取りでマシンの後ろを歩く。
「お前なんか、元々ちっちゃくて軽いんだから減量したって意味ないだろ。皮ツナギがブカブカシワシワで、空気抵抗が増えたんじゃないか?それよりちゃんと食ってコンディション整えたほうがタイムアップに繋がるって。ちゃんと食えよな」賀茂田が何度も注意していることだから、言い方がきつくなる。
現役生活も11年目を迎え、レース活動継続に対する悩みを抱えている。ツバメも6年前は、トップを狙えるような走りをしたこともあった。優勝一回。総合成績でランキング3位を取ったことがある。しかし、その後は成績が低迷し、転倒リタイヤが続き満足なレース結果を得られないシーズンが続く。それでも地方選手権ながら現役を続け、今シーズン、ライダーとしての進退を賭けて、レースに臨んでいる。
第一戦、第二戦と、トップ争いはできないものの、第二グループで走りきり、それぞれ8位と6位でフィニッシュできた。ツバメはそのレースで、走りのフィーリングがいい方向に来ていることを感じた。そして、さらなる上位を狙うため、ライディングスタイルの改良に挑んだ。それを実践し、第3戦を4位と徐々に上がってきた。シーズン最後には表彰台はもちろん、久々の優勝を奪取するため、この第4戦に臨んだ。
しかし、思うように予選タイムが伸びない。原因がはっきりしないまま予選順位8番手、3列目でのスタートとなった。決勝までに、若干のセッティング変更を試みるが、その効果が解らない。
「やるだけやったから、後は走りのほうでなんとかしてくれ」賀茂田がボルトのゆるみを確認しおわり、レーシングスタンドを外した。
「もちろん、今日こそは、特上牛タンステーキ、ゲットだぜ!」ヘルメットリムーバーを付けて、ヘルメットを掴んだ。
ポールポジションはゼッケン4番青戸一博(18歳)。
7歳からミニバイクでミニサーキットを掛け持ちでシリーズ参戦。14歳ですべてのシリーズでチャンピオンを取った。15歳で下妻ロード選手権のGP25参戦。ルーキーシリーズながらランキング2位を獲得。17歳でシモツマロードGP4に参戦。ランキングは4位。今年からチーム内のライダーの移動に伴い、第1ライダーに。身体の成長とマシンの相性が良くなったのか、第1戦、2戦と連勝。いきなりのチャンピオン候補ナンバー1。第3戦も2位表彰台。その若さもあって全日本昇格候補ナンバー1の存在になっている。
獲得ポイントは57ポイントでランキング1位。2位とは12ポイント差。ツバメとの差はすでに26ポイント。ツバメのシリーズチャンピオンは難しくなった。ツバメは、あと2戦を優勝、レースに勝つことを目標に挑んできた。今レースも優勝候補ナンバー1、青戸一博に勝つことが目標だ。
レーススタート前、1周のウォーミングアップラップを走る。スタートラインで赤旗を掲げて立つオフィシャルの前に、3台ずつのグリッド8列で並ぶマシンたち。決勝を争う24台が、スタートの合図を緊張とともに待っている。
最後尾の後ろに立つオフィシャルが、グリーンの旗を掲げた。それを確認した先頭のオフィシャルが赤旗を閉じ、ピットロード側に駆け戻った。スターティングランプが赤く点灯する。高鳴るエンジン音。ライダーたちの緊張も高まる。
スタートを知らせる赤ランプが、点いた。
すぐに消えてスタート!
一斉に走り出すマシンたち。
短いストレートから1コーナーへ飛び込んでゆく。ホールショットはゼッケン4番青戸一博。しかし、その1コーナーで2位のマシンが青戸の内側から接触。バランスを崩し失速、マシンがコーナー外側にはじかれる。その内側を次々と後続のマシンが抜いて行く。青戸は、大きく順位12位まで落としてしまう。
その隙を、スタートを決めたゼッケン36番浅野つばめ(ツバメ)も、3番手まで順位を上げる。
S字カーブから第1ヘアピン。アジアコーナーまでの切り返しで一人を交わし順位を上げる。
第2ヘアピンを立ち上がり重視で鋭角に抜けトップのマシンのすぐ後ろに張り付いた。バックストレートでスリップストリームを活かし、トップスピードを上げ、最終コーナーでブレーキングを遅らせ、内側からトップに並びかける。コーナリング侵入で、トップのマシンを交わし、ツバメがトップになる。
トップグループは、6位までが集団となり、重なり合うように2位以下が順位を入れ替えながらカーブを抜けてゆく。
ツバメのマシンは、予選時よりも第2ヘアピンの立ち上がりがスムーズになり、バックストレートの伸びも良く、トップを守りながらレースが進んでゆく。
その集団の後ろから、一時14位まで順位を落とした青戸が怒涛の追い上げで迫ってくる。