Gチャンのテストライド
25.Gチャンのテストライド
中曽根設備の材料置場の脇に、以前住み込みでいた社員が使っていて今は空いている部屋があった。そこは、壁際は細かい材料と道具が並んだ棚が置かれ、掃き出し窓の際は休憩スペースになっていた。そのスペースを片付けてGチャンが置かれている。
「じゃあ、さっきのビデオを映してみますよ」トシは、パソコンのEnterを押した。目の前には40型程度のテレビ。正面上側にも小ぶりのモニターが置かれ、そこにはトシが撮ったNSF100に跨っているツバメの後ろ姿が映し出されていた。
『ノーマルだから、こんなもんか』ツバメの声とパタパタとした単気筒100ccのおとなしい排気音。いこいサーキットの駐車場路面と小さなマーカーが微妙に揺れながら映っている。
「走り出しますよ」トシがそう言った。
「分かってるよ」少し、ちょっと緊張気味にそう答えるジロー。モニターの前で、GPチャンプシミュレーターに跨っている。ヘルメットにグローブ、レーシングスーツにブーツ。脊椎パッドやヘルメットリムーバーまでフル装備だ。
「最初はやっぱ、ちっと照れるな。おっさんが二人で、夜遅く。アホだな」
「すぐ、慣れますよ。それに明日っからは、一人でしょ」
「何だよ、寂しいじゃねえか」
「ウソ言ってないで、ホラ、前見て。最初だから、半分くらいのスローで再生しますよ」
排気音が変わり、ゆっくりと画面が動き始める。
「ああ、なんか緊張するな」
「最初は、周回、左右5周ずつ」
「分かってるよ」ヘルメット越しに応えて、トシに聞こえているのか確信がないジロー。始めのマーカーを回って戻る映像に合わせ、Gチャンで体重移動。
「ニーグリップ!」トシが叫ぶ。
『カモさんに教わったこと、早速かよ』デモランの時、賀茂田はツバメが走るのを見ながら、解説してくれた。
「スローなんだから、丁寧に」トシの注意が続く。ジローの頭の中で、ツバメの走りを解説してくれた賀茂田の声を思い出している。
「まずはフォーム。体幹、まあ、腹筋を意識して腹から下、体重移動をする身体を腰で支え、倒した時には外足の内またと足首でホールドとバランス。同時に密着したすべてでタイヤのグリップを感じとる。」ジローの頭の中で響く賀茂田の声に合せ、身体の筋肉を動かす。
「路面についてる側の膝は、マシンの角度を測っているだけで特に役に立ってるわけじゃない。目立つけどな。上半身が内側に倒すのは、タイヤにかかる荷重をコントロールしてとりあえずハンドルには荷重をかけず、必要な時のバランスコントロール。」力を抜いて荷重を感じる。「そして大事なのが視線。自分が進む方向に顔を向けて先を見る。マシンがこれから進む未来の道を常に見るんだ。足元見てたら速くなんか走れない」
「ライダーは、未来を見る、か。なんか、カッコイイや」トシと賀茂田の会話も思い出す。
「ところが、カッコよくなんかないんだよ。ものすごく地味なことの繰り返しだ。見てみな。右回り、左回り。1周にかかる時間計ってみな」
「えっと……5周で50秒。1周10秒位です」トシがストップウォッチを見ながら答えた。
「ってことは、1分で6周。10分で60周。同じことの繰り返し。いかに我慢して続けられるか。そのガマンくらべのための体力と技術力を身につけるために、これまた地道なガマンくらべのトレーニングを続ける。だから、我慢だけでがんばるんじゃあ続かない。喜んで面白がってやりたがるやつ。オレなんかから見たら、なんでそんなことって思うようなアホなことを、楽しんでやるような変人だ。」ツバメをじっと見つめ、ジローに向き直った。「じゃないと続かないやな。速くはならない。まあ、それも人それぞれ、程度の差ってもんがあるから、楽しいこと見つけて好きなようにやればいいんだよ」賀茂田たちは、ツバメが楽しそうに走っている姿を眺め続ける。
「サーキットだって同じ。下妻サーキットの2輪フルコースが約2㎞。それをスポーツタイプ250ccで1周1分10秒程度。スーパースポーツタイプなら、1分弱程度。いくつかのコーナーと短い直線を繋いだコースを、たった1分の間、自分ができるすべてのパフォーマンスを同じように十何周とか耐久だったら1時間とか続ける。おんなじことをずっと。そのぎりぎりのガマンくらべの間に、リスクを冒して抜いたり抜かれたりを繰り返して順位を競い合っているんだ。ほんのちょっとだけ速く走りたがってな。程度の差はあるけど、それが楽しくて仕方ないってんだから。うれしくて、ワクワクして、走らずにはいられないってんだから、イカレてるやつらばっかりだよ」賀茂田がお前はどうなんだというように、ジローの目をのぞき込む。
「なんてな。まあ、オレのライディング解説は、でたらめだから信じるなよ。」
「エッ、そうなの?」ジローとトシが賀茂田を見た。
「サーキットに来るいろんな奴らと、ツバメの走りを見てただけだからな。自分の走りは、自分で決めるんだよ。」