ツバメの8の字
24.ツバメの8の字
「お願いします。もう一回だけ、見本走行をお願いします。今度はオレのNSFで。イメージトレーニングに絶対必要なんです」いこいサーキットの事務所にジローとトシがカウンター越しにツバメと向かい合っていた。
「イベントの準備とかで忙しいから、ムリ!」そっけなく断るツバメ。
「ウソつけ!イベントなんかあるもんか」奥で事務所内を拭き掃除している賀茂田が突っ込みを入れる。
「だから、企画考える予定なの」断りのためのバレバレの言い訳をするツバメ。
「そんなもん、何時でもできるだろ。やってやれよ」賀茂田がジローたちに加勢する。
「もちろん、ただとは言いません。おい、トシ!」そう一歩下がっているトシに言った。
「はい、ではひとつこちらを」そう言ってトシが小さな紙袋をツバメに差し出した。
「なにこれ」受け取ったその袋をのぞき込むツバメ。
「オーーー!フランス、ミッシェル・ブランの世界一のショコラだーー!」ツバメの目が輝いた。
「これで何とかもう一度、お手本走行をお願いします」ジローとトシが丁寧に頭を下げる。
「な、なんだかわかんないけど、やらないと仕事の邪魔しそうだよね。面倒なこと終わらせるには走っちゃったほうが早いかな。少しだけだよ」ツバメは、よだれの垂れそうな口元を無理やり引き締めてそう言った。
「やったー!」ジローとトシがハイタッチをした。
レーシングスーツに着替えてヘルメットを被るツバメ
「カウルスクリーンに張り付けてあるカメラ、走ってて外れない?」
「大丈夫。頑丈に張り付けて、テストしたし。落ちてもクッション付けてあるから、踏みつけなければ大丈夫」トシがそう答えた。ツバメはバイクを左右に振って確かめる。
「なんか、ぶらぶら動くけどホントに大丈夫なの?」
「それ、動いて水平になるような台がついてるんですよ」
「へえ、ハイテクなんだ。でも、壊れても責任取らないからね」走り出すツバメ。ちょっと心配そうに見送るトシ。
「そのGチャンってなんなんだ」一歩下がって興味深そうにみていた賀茂田がジローに聞いた。
「ゲームセンターのレースゲームみたいにバイクに乗れるオモチャを作ったんですよ。それでイメージトレーニングできると思ったんだけど、映像と音があったほうがよりリアルなイメージができでしょ。それでツバメコーチにお願いしたってわけです」ジローもツバメの走っている姿を目で追ってそう答えた。
「解体屋で見つけたバイクをトラックのサスのスプリングで動くようにして、ブーン、キュキュッブーンってやってたんだけど、全然気持ちが入んなくって、これじゃあダメだってことになって。でもこれで、口で言わなくてすむようになる」賀茂田はジローの滑稽なその姿を想像してにやけた。ジローはそれが解消されることを期待している。
「何でもいいが、そのせいでまたツバメがバイクに乗ることができたな。ありがとよ」賀茂田がそう言った。
「ツバメコーチはまだ、ちゃんと走ってないんですか?」ジローは賀茂田の顔を見た。
「ああ、でも見てみろよ。乗っちまえば楽しそうに走り回るんだぜ」賀茂田とジロー、トシもツバメの走りを見つめた。
ツバメがNSF100に乗るのは久しぶりだ。十分暖機ができているエンジンを、アクセルを煽ってレスポンスと吹き上がりを確認する。
「ノーマルだから、こんなもんか」パタパタとした単気筒100ccのおとなしい排気音に、ツバメは物足りなさを感じながらも、ギヤを1速に入れクラッチをつなぎ、ゆっくりと走り始める。その姿をトシが後ろからビデオカメラで撮っている。
前回と同じように2個の低いマーカーが10mほどの間隔を開けて置いてある。その周りを左回り、右回りとそれぞれ5周ずつ回りながら、タイヤの接地感とサスペンションの動きを確認する。
そして、急にアクセルを煽りエンジン回転が上がり、前輪が浮いてウイリー走行。すぐに着地させ加速、フルブレーキング。今度は後輪が持ち上がり、ジャックナイフ状態。それを合図のように8の字走行を始めた。
ボ・ボボボ・・・ザーーーーボ・ボボボ・・・ザーーーーボ・ボボボ・・・ザーーーーボ・ボボボ・・・ザーーーー直立した姿勢から、ミニコーンの2mほど外側に並んだ瞬間、マシンを内側に倒し、身体もマシンより低くなるくらい内側で膝を路面に擦りながらマシンの姿勢をコントロールし、クルリ。コーンをかすめるように回り切る。
ボ・ボボボ・・・ザーーーーボ・ボボボ・・・ザーーーーボ・ボボボ・・・ザーーーーボ・ボボボ・・・ザーーーー回る円の中心を支点に、マシンが ザー っと滑って向きを変える。
「なんすか?あれ。ドリフトじゃないですか。まるっきり滑ったまま向きを変えてる。すげえ」ジローがツバメのライディングに驚く。
「ハッハッハッハ…見ろよ。ツバメが笑っているよ」賀茂田が走っているツバメを見ながらそう言った。ジローとトシは、じっと見たがわからない。しかし、ヘルメットの中で確かにツバメが楽しそうに笑っている。
「ハハッハッハッハァ、やっぱ、タノシーや!」