ジローとトシのGチャン
23.ジローとトシのGチャン
「なあ、バイクを速く走らせるのに必要なことって何だと思う?」夕方、中曽根設備の事務所でジローがトシにそう聞いた。
「何でもそうなんでしょうけど、経験を積むこと。長く走ることなんじゃないですか?」パソコンに向かってキーボードをたたいている。
「ところが、それができないんだよ。こっちは毎日仕事して、ちょっと暇が有ったからってバイクに乗れるわけじゃない。そのうえ歳取って感覚も鈍くなってるんだから、絶対的な練習量が無けりゃ上手く走らすなんてできない。そこを何とかする方法だよ」ジローは、紙の連絡ノートを眺めてはいるが、仕事のことなど全然考えていない。そのとき、事務所の入口ガラス戸が開いた。
「父ちゃん、まだ終わんないの」入ってきたのは、トシの息子、保育園に通う4歳の翔馬だった。
「オー翔馬、久しぶりブリ」ジローは手を上げて迎えた。
「ブリブリー」翔馬も手を上げてジローを見たが、そのままトシのほうに駆け寄った。
「翔馬、こんばんはだろ」トシは、飛びつく翔馬を抱き上げた。
「父ちゃん、ブリブリー」
「翔馬、お母さんは?」
「母ちゃんもすぐ来るよ」そう言って入口を振り返った。
「ジローさん、こんばんわ」トシの妻、智子が抱っこ紐で1歳の長女茉莉を胸に、食材を詰めたトートバッグを肩に担いで入ってきた。
「オー、トモちゃん、マリちゃん、こんばんは。トシ、今日は終いにしよう。」見ていたノートを閉じて立ち上がった。
「父ちゃん、児童公園行っていい」翔馬がトシから離れて入口に向かおうとしている。
「おじさんと一緒に行こう」ジローが声をかけた。
「やったー!」翔馬は、喜んでジローの手をつかんで引っ張る。
「トシ、戸締りしといて」ジローと翔馬は小走りに事務所を出て行った。
「ジローさん、すいません」トシは、トートバッグと茉莉を受け取って、智子の目を見てにっこりした。
「おじさん、バイク乗ってんでしょ。父ちゃんが言ってた」公園で翔馬は、パンダ型のスプリング遊具に乗って、前後左右に振りながらそう言った。
「おお、翔馬、上手いな。おじさんよりも速く走れんじゃないか?ちっちゃい子供も乗れる本物のバイクもあるんだぞ」ジローは、翔馬がハングオンのように左右にパンダを傾けるのを楽しそうに観ている。
「ジローさん、ダメ。翔馬はトシちゃんに似て運動神経悪いんだから」智子が二人の様子を後ろから見ていた。
「でも、見てみな。上手いこと乗って動いて。ここで練習すれば、バイクだって安全に乗れるように……ん?!トシ、これだよ」思いついたようにとも子の隣にいたトシを振り向いた。
「え?何がですか?」トシは、茉莉の顔ばかり見ていて、ジローが何を言っているかがわからない。
「シュミレーター。バイクの練習だよ。こんなんでいいじゃないか。イメージトレーニングなんだから、これ作ろう」興奮気味にジローは言った。
「でも、パンダですよ」あきれ気味に言うトシ。
「そこはバイクにしてくれよ」
「してくれって、お、オレが作るんですか?」
「頼むよ。飯おごるからさ。翔馬、パイレーツ行こう。何喰いたい?」
「やったー!ハンバーグ、卵乗ってるやつ」パンダから飛び降りてトシの手を取った。
「智ちゃん、生ビール、いっぱい飲んでいいから」
「ホント?発泡酒じゃない本物のビール頼んでいいの?ずっと授乳してたから飲んでなかったの。」翔馬がとも子の手も取ってすぐに引っ張って行こうとする。
「もちろん。何杯でもいいから。全部オレのおごり。トシは牛丼でもカレーでもラーメンでもなんでも頼んでいいから」翔馬は、足の進まないトシの手を放してとも子と先にパイレーツに歩き出す。
「それって安いやつばっかじゃないですか」グズるトシ。
「じゃあ、餃子付けていいから」肩を抱いて、歩き出すジロー。
「パイレーツに餃子無いでしょ」仕方なしに歩き出すトシ。
「まあいいや、行こう行こう。どら焼きにするか?」
「どら焼きもないし、って、漫才じゃないんだから」
次の日ジローとトシは、自動車解体業者から、ハンドル廻りが付属しているバイクのフレームと自動車のサスペンション用のコイルスプリング、それにベースとなる鉄板を揃えて職場の倉庫の前でシミュレーターの製作を重ねた。シートは、フレームに乗せたベニヤ板の上に座布団を括り付けた。その位置を基準にハンドル位置やステップ位置をジローのNSF100に合せて取り付けた。それに、ジローが跨ってフィーリングを確認しながら調整を重ねた。仕事が終わった夕方から1時間程度の作業を10日続けて少し形になってきた。
「ジローさん、どうですか?」
「だいぶ補強が効いていて、ぐにゃぐにゃ感が無くなったから、イイんじゃない」
「じゃあ、試走してみてくださいよ」
「えっ?試走って、跨って上で左右に動くだけだぜ」
「当り前じゃないですか。タイヤもエンジンも付いてないんだから。そのために作ったんですよ」
「あっ、まあ…そうだけど……恥ずかしいじゃねえか」
「ごちゃごちゃ言ってないで、とにかく試しにジローさんのイメージ通りに動かしてみてくださいよ」
「分かったよ。ずいぶん真面目だな」そう言ってしぶしぶ跨る。そして、ステップとハンドルに少し力を込めて強度を確認した。
「なんか、頼りないな」
「まだ仮付けですから、ポジションの確認ぐらいにしといてくださいよ」
そういわれジローは、跨ったまま左右にシミュレーターを振ってみた。
〝バキッ″音とともにステップが外れた。
「ほら、言ってるそばから」トシはそういいながら、外れたステップを確認した。
「でも、ポジションは良いみたいだから、このままビシッと組んじゃってくれよ」
「意外とやる気満々なんじゃないっすか」
「まあな。そうだ、こいつに名前を付けようぜ」
「名前?」
「大リーグボール養成ギブスみたいな名前だよ」
「古いっすね」
「GPチャンプトレーニングマシンだな」
「それ、名前?長くないっすか?」
「じゃあ、略してGPチャンプ」
「ゴーヤーチャンプルみたいじゃないすか」
「ほんとだ。でも、いいや」
「もっと略してGチャンってどうですか?」
「Gチャン。じーちゃん。年寄りのオレが、チャンピオン目指すマシンでGチャンってことか。うん、スゲー良いな。ぴったりだ!トシ、センスもあるじゃねえか!」
「いやあ、それほどでもー」