ジローも練習
22.ジローも練習
キュキュッ。ツバメがジローの前で停車する。
「こんな感じ。分かった?」
「なんとなく……」苦笑いでごまかすジロー
「じゃあ練習。アッ、ギヤは1速でアクセルコントロールできるように」
「……」
「じゃあ、練習開始。とりあえず少しでも長く走る。ひたすら。体力か集中力が無くなったら、練習を止める。それがケガをしないために必要な事。ケガしたら、練習できなくなるからね」
ジローは言われるままNSF100のエンジンを掛け、走り出そうとした。
「ダメー!」ツバメが大きな声で叫んだ。慌てて止まるジロー。
「最初に言ったでしょ!誰もいなくても必ず安全確認はするー!」
「アッ、スミマセン」ジローは改めて左右に首を振って後ろを確認し走り出した。
「どうだい?ジローちゃんは?」
「水漏れのお礼はこんなもんでしょ」
「ツバメもまともに練習再開しないと腕が鈍るぞ」
「カモジー、あの人、30分したらやめるように言って。本気で上手くなりたいなら、言うことを聞くようにって」そう言ってツバメは、事務所に引き上げた。
ジローはNSF100のアクセルを少し捻り、エンジンが回転を上げる。クラッチをつないでゆっくりと走り始める。時計回りで左側から斜め右前方のコーンに向かう。右ひざを少し開いて、タイミングをつかむため、軽くブレーキング。車体を倒すようにして右回転。思ったよりも大回りになってしまう。ハンドルを切って回ろうとしてバランスを崩す。が、何とか1度目の転回を済ませ、少し直進。そして2度目の挑戦。ぎこちない走行練習を繰り返す。
『アッット、ヨッ…、ウッ……当たり前だが、上手くいかないもんだ。でも、車なんかよりずっと操っている感が……下手なのも、自分のせいなのがはっきりわかるもんだな』
失速し、ハンドルを切りこませ、転びそうになる。足をついて、かろうじてこらえ、また走らせる。何度か続けたあと、逆回りに。
『左回りのが、ちょっとラクか?』続けて走らせる。
『まあ、普通に回れたか?』ギクシャク感の少ない走りが出来た。
『ハハッ、ブーン、キュキュッ、パタ、ズズーだったよな』ジローの目が、キラキラ輝いて、頭がスッキリ、走らせることだけに集中している。心臓の鼓動が高鳴る。ワクワクして喜び湧き上がってくる。
『ブーン、キュキュッ、パタ、ズズー、ブーン、キュキュッ、パタ、ズズー、ブーン、キュキュッ、パタ、ズズー……』ツバメよりもゆっくりで、ぎこちなく狂うリズムをつぶやきながら、周回を続ける。
『なんだか、面白いなあ。こんなに楽しいもんだったかなあ。これが、もっとスムーズに、もっともっと速く、もっと鋭く走れたら』そう思ったとき、賀茂田が手を上げているのに気づいた。賀茂田の前までマシンを進め、止めた。
「なんですか?」ヘルメットのシールドを開けてそう言った。
「今日は、終い。ツバメコーチが30分したらやめるようにって」
「ツバメコーチって?エーー、ナンで?だってまだ8の字一回もやってないっすよ」
「本気で上手くなりたいなら、言うことを聞くようにだってよ」
「だって、やっとちょっと慣れてきたと思ったばっかですよ」
「ジローちゃんは、ライダーじゃないから、バイクを走らせる身体じゃあ無いってよ。だから、今日のところは、言うこと聞いてやめときなよ。いきなり詰め込んだら、続くもんじゃない。ケガしたらお終いだろ。水道屋だって、1日でなったわけじゃないだろ」
「そんなー」
「今日のところは我慢しな。やりてえのを我慢するのも長続きのコツだからな。時間があるんなら、やったことをノートにつけて忘れないようにな。そんで、バイクの事でも良ーく考えてると速くなるぞ」