ツバメのデモラン
21.ツバメのデモラン
ツバメは、ピンクのレーシングスーツを着用しシールドのついていないフルフェイスヘルメットを被り、顎ひもを締めた。
道路から一番近いところに、日曜のイベント時の駐車場やポケバイの練習時に使われる舗装された平らなスペースがある。通常のコースから少し離れているため普段はだれも停めていない。
そこに賀茂田が、2個の小さな赤いコーン、三角ではない低いマーカーでサッカーなどのドリブル練習で使うようなものだ。それを10mほどの間隔を開けて置いた。
そこから少しうれしそうに笑ってゆっくり歩いてくる。
「ジローちゃん、きっかけをくれてありがとな。ツバメがバイクに乗るのは、久しぶりなんだ。」15mほど手前で待機していたジローの隣に歩いて戻ってきてそう言った。
「じゃあ、この周りを回って、慣れたら8の字の練習をしてください。」ツバメは、前にはホンダNS50Fがある。(NS50F 全長×全幅×全高(m)1.855×0.630×1.065軸距(m) 1.260水冷2サイクル単気筒前輪ディスクブレーキタイヤサイズ前後17インチライトウインカー保安部品無し)右足で軽くキックペダルを踏み込み、エンジンを始動した。アクセルを煽る。2サイクルの甲高いエンジン音が〝ビーン〝とうなる。左手でクラッチを握り、左足のつま先でギヤを踏み込む。
「教習所じゃないから、ウインカーは出さない。まあ、付いてないけど。でも、安全確認はして。癖になるように、必ず。」ツバメは、そう言って左右斜め後ろを確認した。
「じゃあ、行くよ」軽く、スルスルっとゆっくり走り出す。コーンの左側から時計回りに回り戻ってくる。
「まずはゆっくりだ」その様子を見ながら賀茂田がジローにそう言った。
すぐにまた先のコーンに向かっていく。そして、回り込んで帰ってくる。そして、ジローの前で停車した。
「最初は大きくコーンを回る。慣れてきたら少しずつコンパクトにコーナリング。気を付けることは、回った後、一旦アクセルを開けて加速するイメージを持つこと。コーナリングに入る前にブレーキング。十分減速してバイクを傾けてコーナリング。終わってバイクを立てて加速。これを繰り返す。右回り、左回り。慣れたら、8の字でコーナリング。右、左、右、左。分かった?」
「はい」
「じゃあ、やって見せるから。よく見てて」そう言ってツバメはヘルメットのシールドを閉じた。そして、左右に首を振って安全確認。スルスルっとゆっくり走り出す。
「ジローちゃん、ツバメの頭、よく見てて。バイクの進みたい方向に、先に視線を送っているのがわかるから」賀茂田は、用意してあったビールケースを椅子代わりにして腰掛け、ツバメのバイクに視線を送る。
さっきと同じように軽くコーンの周りを回る。だんだんエンジン音が大きくなる。コーンを回ったとたんアクセルを開け加速、すぐにブレーキ。と思ったとたん、身体をコーナーの内側に倒しこみ、バイクがパタリと傾く。そして、クルリと向きを変えながらコーンを回り加速、そして、ブレーキング。膝を路面に擦り付けて、そこを支点にするようにクルリ、外側の足でバイクにぶら下がるようにしながら回る。すると、今度は、更に回り込む。斜めに立ち上がり、逆回りにコーナリング。そして膝を擦り付けて回っていく。膝を擦るときにズズーと音がする。
ビーン、キュキュッ、パタ、ズズー、ビーン、キュキュッ、パタ、ズー、ビーン……その音が、一定のリズムを狂うことなく刻んでゆく。ジローは、アフリカの民族音楽を聴いているような錯覚を覚えた。
「ツバメのやつ、結構楽しそうに走ってんじゃないか。ジローちゃんはどう見える?簡単そうに見えるだろ。でも、かなり難しいぞ」
「そうなんですか?」ジローには、簡単か難しいかもよくわからない。
「ジローちゃんのNSF100に比べて、あのNS50Fは、車体が大きくて重心が高いだろ。ホイルベースも長く、タイヤ17インチ。そのうえ2ストロークは、アクセルにエンジンが敏感に反応するから車体の挙動を安定させるのはなかなか技術がいる」
「そ、想像ができないなあ」
「少し上手くなったら、やってみるといいさ」
「でも、楽しそうだな」二人はツバメのバイクをじっと眺めている。
コーンの周りをくるくるツバメが回り続ける。