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下妻サーキット  作者: のーでーく
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ジロー、ツバメにコーチ依頼

20.ジロー、ツバメにコーチ依頼

ジローが、いこいサーキット受付カウンターで、半日走行券とライセンスカードを出した。受付は、ツバメだった。ツバメが何となく元気が無いようだった。でも、今のジローは自分がバイクに乗ることに夢中で、気にすることはできなかった。

「バイク、速く走らせるには、どんな練習したらいいですかね?」

「しばらく通って、少し慣れてきました?」ツバメもジローの顔を覚えるくらい通っている。青戸が来てから、自分がバイクに乗ることに悩んでいた。しかし、目の前のジローにはそんなことに気づくデリカシーは無いようだ。オッサンなのに、子供みたいに目をキラキラさせてバイクに乗りたがっている。

「まあ、やっとコース上で危なくない程度、安全走行できるようになったかなって思ったんで」

「じゃあ、そのまま安全走行をしていたほうがいいんじゃないですか?速く走ろうなんて思うと危ないだけですよ」そう言ってちらっとジローの顔を見た。「結構歳も行ってるんでしょ」

「46歳だとアラフィフですかね。でも、賀茂田さんがもっと歳の人がいっぱいいるから大丈夫って言ってくれて、ツバメさんに聞いてみなって言ってくれたんで、恥ずかしながら」

「チッ。カモジー。余計なこと」そう言ってもう一度、どうしようかと迷っているようにジローの顔を見た。

「あっ、そうだ、これ。いつもお世話になっているので、つまらないものですがごあいさつ代わりです」ジローは、包装された菓子折りを差し出した。有名チョコレート専門店のパッケージ

「エッ?ウッヒョー!超高級チョコッ!ネットでしか見たことないベルギーチョコのピエール・マルコリーニセレクションって、これ、貰っちゃって…いいの?」そう言いながら、すでにジローから袋を受け取り、口元からよだれが出かかっている。

「もちろん、そのために持ってきたんですから」貢物の効果が抜群なことにジローも喜んだ。

「では、遠慮なく」そう言ってその菓子袋を後ろの机の上に置いた。そして、一つ咳ばらいをした。

「サーキット走行は、危険が伴います。自分一人で転ぶこともありますが、他車との接触事故も起こります。その事故により、重大なケガなどが起こる可能性があります。まあ、えっと、斉藤さんの場合、社会経験が豊富な大人で、自分の周りにも気使いできるようですので、危険な行為や迷惑行為は、しないと思いますが、他車から貰わないよう十分注意してください。」

「はい、宜しくお願いします」

「ライディング講習と言っても、その人ごとに走行の癖や気になることをアドバイスする程度です。」

「はい、その講習って申込とかできるんですか?」

「今はやっていません」

「えー、じゃあ、教えてもらえないんですか?」

「ツバメ、ちょっと来てくれー」事務所裏のトイレ側からサーキットスタッフの賀茂田の叫び声がする。ツバメは、その声に反応してすぐに事務所を飛び出す。ジローも続く。

賀茂田がトイレ入口の手洗い場で、ずぶ濡れになりながら噴出する水を手で押さえている。

「水の元栓を止めてくれ!」

「元栓ってどこ?」

「門の右奥、水道メーターのところだ」

走り去るツバメ

ジローは、賀茂田の足元に転がっている蛇口を手に取った。水道管につながるネジ部が錆びて、途中で折れている。賀茂田の足元に工具箱が蓋を開けたまま置いてある。ジローは、その中からカッターをつかんで、ちょっと太めの木の枝を10cmほどに切って、先を鉛筆のように削った。

吹き出ていた水が、急に止まった。

「止まったー?」ツバメが、サーキットの入口側から叫びながら走ってくる。

「オウ、大丈夫だ。」賀茂田が押さえていた手を放した。

「ちょっといいですか」ジローが水の出ていたところをのぞき込んだ。「やっぱり」何かを確認した。

「前から、ちょっと漏ってたのは知ってたんだが……錆びて腐ってたか。ボッキリと折れやがった。発電機の小屋のほうに水が噴き出したから、慌てたよ」

「カモジー、雑に扱ったんでしょー。すぐ、直してよ!」ツバメが非難するようにそう言った。

「こりゃ、折れたネジが、中に残っちゃっているから、簡単には直りませんよ」ジローは、配管に指を入れて確かめながらそう言った。

「あんた、水道屋さんかい?」賀茂田も配管を確認し、振り向きながらそう言った。

「はあ、そうなんですよ。でも、今日は何も道具がないから、応急措置くらいしかできないっすよ」

「エッ、応急処置できるの?じゃあ、水使えるの?」

「まあ……でも、出入りの業者さんがいれば、連絡してすぐに来てもらったほうがいいですよ」

「わかった。電話してくる」ツバメはすぐに事務所に走って戻って行く

「ウチは、へんぴなとこだから、水道屋も車で時間かかるんだ。もしできるなら、業者が来るまで水使えるように、その応急処置してもらえないか?」

「ああ、いいですよ。じゃあ、ハンマー貸してもらえますか?それと、番線、針金みたいなのが有れば、1mくらいあればいいんですけど」

「分かった」賀茂田は、すぐに事務所わきのコンテナに向かって走った。

「なんか、みんな、レスポンス良いなぁ。動きが素早いわ」ジローは、感心しながら、さっき削っていた枝のとがったほうを水道管に刺し当てて、隙間を確認し、削り直し形を調整した。

「これでいいか?」賀茂田は、ハンマー3種類(鉄の釘打ち用、片手ハンマー、プラスチックハンマー)針金3種類(足場番線、なまし線、ビニール被膜線)、それに番線カッターと針金を締めこむシノも持ってきた。ハンマーも針金も1種類ずつしか使わないが、その中から選べるようにする気の配りよう。そして、頼んでいないけど必要になりそうな道具を余計に持ってくるところ。その用意の良さを見て、ジローはまた感心した。

「ハイ、大丈夫です」ジローは、プラスチックハンマーを手に取り、削った木の枝を配管に打ち込んだ。

「それは?」

「木栓です。多少漏るかもしれませんが、一時しのぎですから」そう言いながら、番線で木栓と配管を結び、シノで縛り付けた。

「あんた、手際いいねえ。ちょっと見たとたん、木を削りだしたよな」

「普段は中に残ったネジをとる道具があるから、めったに木栓なんか使わないんですけどね。まあ、こんなこともめったにないから、その道具もなかなか使わないんですけどね」

「カモジー、水道屋のオヤジが腰痛めちゃってて今日これないって」

「分かった。とりあえず応急処置したから、元栓開けてくれ」

「エー、スゴイッ!もう大丈夫なの?すぐ開けるね」言いながら、事務所裏へ駆けて行く。

そしてすぐに「開けたよー!」と叫ぶ声。

ジローと賀茂田は、さっきの木栓を見る。触ってズレや漏れが無いかを確かめた。

「少ししみてくる程度ですから、まあ、大丈夫ですね」

「ツバメ!大丈夫だぁ」賀茂田が叫んだ。振り向いて、「助かったよ」ジローに礼を言った。

「いえ、大したことじゃ。道具も材料もウチのじゃないし」ジローは、削ってゴミになった木くずを拾いながらそう言った。

「ねえ、水道屋さんなんでしょ。これ、ちゃんと直すのお願いしていいかな?」ツバメも工具箱の中からレジ袋を出してその木くずを袋に入れた。

「でも、さっき業者さんに電話したって」顔を上げてツバメを見た。

「すぐ来れなそうだから、断っちゃった」ついでに雑草もつまんでいる。

「エッ、もう断っちゃったの?」拾ったゴミをツバメが持っているレジ袋に入れた。

「あんた、サーキット初心者だって言ってたよね」賀茂田は、工具箱に道具を入れ、針金をまとめている。

「はい」

「じゃあ、今回の礼に走行レッスンさせるから。先生は、ツバメだな」賀茂田はそう言いながら工具箱を持ち上げた。

「えっ!」とジロー。「エッ!」ツバメ「いいんですか?」「アタシ?」ジローとツバメが応える。

「ハハッ。決まりだな」そう言って賀茂田は、道具を片付けに行った。

「ライディング講習やってもらえるなら、お願いします」ジローは、改めてツバメに言った。

「ちゃんとした講習かどうか。それでも良ければだけど。それに、修理、お願いしといて、こっちは聞いてやんないってわけにはいかないし。ああ、修理代はちゃんと払いますから」

「こっちこそ、講習代お支払いします」

「いや、それは…さっきチョコ貰ったから、それで十分ってことで」二人がそう話していると、賀茂田が戻ってきた。

「どうだ、話は決まったか?」そう言ってからジローに向き直った。「俺は、賀茂田和仁。いこいサーキットのスタッフで、普段は整備とかをやっている。みんなからはカモさんとか、ツバメなんかにはカモジーって呼ばれている。あんたもそう呼んでくれ」

「オレは、中曽根設備工業の斉藤次郎です。今度名刺持ってきます。」

「斉藤ちゃんか。呼びにくいな。ジローちゃんだな」

「アタシは、ツバメです。浅野つばめ」

ツバメはちょっと照れたようにそう言った。


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