ジロー、下妻サーキットで水漏れ修理
2.ジロー、下妻サーキットで水漏れ修理
「水漏れ原因の部品は交換しておきましたんで、修理完了です。多分、イタズラで壊されたんだと思います。見てくださいよ、こんなんでしたから。」胸に中曽根設備と会社名の入った作業服を着た業者。40代の男が、外した部品らしいものをつまんで見せた。水洗タンク内のボールタップの浮玉が潰れて、軸がくの字に曲がっている。
「さっすが、プロだねぇ。昨日の朝は大丈夫だったんだ。けっど、夕方そこ通ったら、外まで水出てんだもの、たまげたよ。レース中だといろんな人間がくっから、ワリイ奴もまだいんのかもしんねえし。田舎だから、つまんないいたずらするもんもまだいんだよね」下妻サーキットのネームの入ったポロシャツを着た50代後半の男が、訛りのある話し方で応えた。「でっも、土曜なのにすぐにきてくれて助かったぁ。私は事務長の五木田って言いますけっど、今度電話すっとき、指名スっから、名前教えてくれないかい」
「あっ、失礼しました」そう言って、胸ポケットのカード入れから名刺を出した「斉藤次郎です。よろしくお願いします」
下妻サーキット。茨城県にある40年以上前に造られた全長約2㎞のメインコースと1㎞のミニコース、ジムカーナコースなども併設されていて4輪、2輪のイベントやレースが毎週のように開催されている。2011年9月10日土曜日。朝からよく晴れて、最高気温が30度を軽く超えた残暑厳しい日に、下妻サーキットの主催するシモツマ2輪ロード選手権第4戦が行われていた。
レースの実況アナウンスが屋外用のトランペットスピーカーから流れている。
《トップはゼッケン30番中神のマシンに昨年の覇者、ゼッケン48番戸見沢が襲いかかる!》
その下には、サーキットの大きなコーナーを見下ろすように階段状になった観覧席が広がっている。
その外側、観覧席下。通路を挟んだ反対側にコンクリート造の観客用トイレがある。その男性側個室の大便器が修理対象だ。
「古いけど、大勢の人が集まるような所に設置されている便器部品は、標準品がほとんどなんですよ。だから、うちなんかでも消耗部品在庫しているんで、またなんかあったらすぐに連絡ください。」バケツをストッパーにして開け放たれたドアの中でロータンクをのぞき込んでいる。
「請求書、いつもみたいに、出しくれればすぐに振り込むけど。もし、今日わかんなら、現金ですぐでも払えっけど」
「あ、本当ですか?助かります。それじゃあ、片付けたら事務所に寄りますのでお願いします。」フタを閉めてタンクと便器廻りをウエスで拭く。
「んじゃ、待ってます。」そう言って、五木田は出て行きかけた。「ああ、オタクはバイクに乗らないんかい?」思い出したようにそう言った。
「ハハ、いや、実は、通勤用に250ccスクーター買ったんですけど、やっぱり車のほうが便利で置きっぱなしなんですよ」外した部品をバラシ、ビニール袋に入れた。
「じゃあ、まるっきり興味がないってわけじゃないんだ。良かったら、少しレースでも観てってください。」
「ハハ、すみません。実は、一緒に来た同僚が、上の観覧席に上がってもう観てるんですよ」こめかみを指先で掻きながらそう言った。
「ここのスタンドは、ゴール前の最終コーナーってとこでね。この下妻サーキットでも見どころあるとこで、大きなカーブだからスピードも出てて、バイクがバトルしてっと、ぶっつくかと思うような迫力あっから、ぜひ見てってください。」五木田が自慢げにそう言った。