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下妻サーキット  作者: のーでーく
18/62

いこいサーキットのケンちゃん

18.いこいサーキットのケンちゃん

「じゃあ」そう言っただけでジローがNSFを走らせ、いこいサーキットのコースに出て行った。トシはその様子を横目でちらりと確認した。トシの前には酔っ払いのようなチンピラおやじ。年齢は50代後半か。身長が170センチ弱。少し色黒で、頬がこけている。いこいサーキットの常連のようだ。賀茂田がコース整備で出てきたときに「ケンちゃん、おはよう」と声をかけていた。

「昔だからさあ、もう40年も前の話。その頃は、足立のやつらと仲が悪くてさあ。」

「足立って東京の?」トシがそう聞いた。

「結構大勢でしょっちゅうケンカとかしてたのよ」トシの言葉にうなずいて、身体を揺らしながら、ゆっくりとした口調で話を続けるケンちゃん、丸子健介。

「でも、あいつら年上のやつらばっかで来やがって、そんなんじゃあキタネエじゃん。だから、タメのやつ呼び出して、タイマンはろうとしたんだけど隠れて出てこねえんだよ。そんなことやってたら、この辺でも目立って目付けられて追っかけまわしてきたりすんの」時折巻き舌で、ロレツが回らないような口調で話し続ける丸子。「ヤバかったから、片道の切符だけ買って大島に行ったんだよ」

「大島って、伊豆大島?なんでまた」突っ立ったまんまなんとなく話を聞くトシ。

「ガキの頃、親に旅行で連れてってもらったことあって、船の乗り場とか何となく知ってたからいいかなって思ったんだよ。でも、大島ついても、金がねえから旅館とか止まれないじゃん。海っぺりの漁師小屋見つけてそこで寝てたんだよ。で何日かしたら盆踊りとかやってたから出てったら、そっちのやつらが何人かでやってきて、どっから来たんだみたいに言うから。埼玉だって言ったんだ。で、どこ泊まってんだっていうから、漁師小屋だって言ったら、だれの許可得てんだっていうから、面倒くせえから、タイマンはるべって言って、誰が出てくるかと思ったら、2mくらいのでっかいやつが出てきやがった」

トシは、一旦何の話をしているのかわからなかったが、展開の奇妙さに興味をそそられ丸子の話を聞き続けた。

「こいつぁやべえなって内心ドキドキだったけど、おめえかあ、ただじゃ済まさねえからなってやる気見せて。したらそいつがガン付けてきたんだよ。結構にらみ合って、ヤベエと思ったんだけど、弱み見せたらやられちゃうから、そこはがんばったよ。しばらくしたらそいつが行くぞって、ほかのやつら連れて行っちゃったんだ。そん時は、ちっと勝ったかなって思ったよ。だからまた漁師小屋戻って寝たんだ。でも、次の朝寝てるとこにバイクがブンブン来やがって、なんだ今度は誰だって思ったら、昨日のでっかいやつが来て、今度こそヤベエかなってちょっとビビってたんだ。けど、三原山行ったかって。行ってねえって言ったら、連れてってやるって。いいって断ったんだけど、そのバイクのケツに乗れっていうから。でも、ガソリンがねえから途中教習所でかっぱらっていくからって。で、教習所ついて、丸子君そっちで警備員来るか見張ってて。だからオレ端っこで突っ立って、マサ君がシュポシュポやってるのを見てて、いっぱいになったから三原山の火口を見に行ったんだ。バイクのケツ乗って。でも、ちょっとのぞいただけですぐに帰ってきちゃった。オタク、行ったことある?」

「無いっす」その返事に満足したように話を続けた。

「なんか、自殺の名所で、覗くと骨とかいっぱい転がってるんだって。気味悪いじゃん。で、また漁師小屋戻って、次の朝もマサ君が来て、朝飯食ったかって言われたから食ってないって言ったら、ウチに来い言われて。マサ君の父ちゃんと母ちゃんもいて。それからずっと飯食わせてもらってた。だから、俺も働かなきゃと思ってバイト紹介って言ったら、海水浴客にジュースとか売るのやらしてもらった。で、やってると水着のかわいい子とかいるじゃん」少しうれしそうに左の口角を上げた。「そうすると、『これサービス』(ちょっとカッコつけた言い方)とかってジュースあげちゃって、そうすると少し仲良くなっておしゃべりとかするじゃん。楽しいっしょ。だから、あっちこっちで何本もあげちゃったりして。で、奥のほうまで売りに行ったらガタイのイイ男4人いて、見た目ヤバそうなの。入れ墨入れてるやつらで、持ってるジュース全部置いてけって言われたから、わかりましたって置いて、いくらいくらですって手出したんだよ。そしたら、お前舐めてんのかって言われて。(煙草をくわえて、トシを手招きしながら、喫煙コーナーへ歩いた)いや、こっちも商売ですから売ったからにはお金を貰わないと、責任ありますんでって言って、手出して待ってたんだよ。(手を広げて上目使いでトシを見る)けど、金くれなくて。だから、マサ君とこ戻ってやくざが金くんないからお前行ってこいって言ったんだ。行ってこいって言ったんだ」2回続けて言った。「けどマサ君行かないんだよ。で、ケンちゃんいつも売り上げが合わないとかいきなり言い出して、俺は知らないって。売った分ポケットに入れてそれ全部マサ君にあげてんだから、会わないのは俺のせいじゃないってごまかした。で、俺も大島気に行って、ずっと残ろうかなって言ったら、いや、いいけどちゃんとお父さんとお母さんに話してきてそれからまた来ればいいじゃないってマサ君が言ったんだよ。でも、埼玉に帰るにも交通費が無いから帰れないって言ったら、マサ君が伊勢海老を密漁してくるからそれで金作って切符買って帰ればいいよ。って。じゃあ分かったって俺も一緒に漁に出るよって言ったら、危ないから待っててくれって言われて」一瞬、険しい顔になった。「こいつ、俺のこと舐めてんのかって思ったんよ。いや、俺泳ぎは得意だったから。小学校の時、水泳大会で1番だったんだから、伊勢海老取る自信はあったんだ。でも、海は危ないからって、待ってろって言ったから漁師小屋で寝てたんだよ。で、朝になってマサ君が来てやっぱり取れなかったって。やっぱ、俺が行った方がよかったのに。で、伊勢海老取れなくて、切符が買えなかったんだけど、マサ君とマサ君のお父さんお母さんが、大島に人みんなでカンパ頼んでくれて切符が買えて船に乗れたんだ。あっちの人って人が困っているとき、優しいよね。で、テープとか投げて大島出たんだよ。で、客室で寝てたら、なんか騒がしくて起きてみたんだ。あ、そん時大島からツレがいたんだ。テルってやつ。マサ君たちの仲間で、東京に就職するんで、親戚のうちに行くっていう奴だったんだけど。そいつがほかのグループのやつにヌンチャクで頭殴られてもめてたんだ。で、俺が起きてって、『ちょっと待てどうしたんだ』って割って入って行ったら、そっちの頭みたいでっかいデブのやつが、『じゃあお前とタイマンはる』とかって言いだして。いいけど、フェリーの中じゃ騒ぎを起こしたらまずいから、浜松町についたら隣に公園があるからそこでちょっと話をしようってその場は収めたのよ。で、本当に公園に行って、『タイマンはるのはいいけど俺にも事情がある。親との約束で高校だけはちゃんと卒業するって。約束だから、それは守らなくちゃなんないから、卒業式終わったらその足でタイマンでも何でもするから、そっちの住所教えろ』って言ったんだよ。そしたら神奈川の町田だっていうんだけど、町田のどこだって言ったら言わないんだ。教えないの。こっちは埼玉のどこどこでってちゃんと教えたのに、向こうは言わないのよ。だからそこで終わった。で埼玉に帰ってきたんだけど。さすがに帰ってきたらケンカとかはしなかったけど、ほとんど変わり映えはしないね、地元は。でも、バイクは中坊の時からだから。今じゃゼファーだけど、まあ変わんないね。おたく、初心者だって」

「いえ、俺は走らないんです。会社の先輩についてきてるだけで」トシは、丸子の長い話が、とりあえず落ち着きそうになってホッとした。つまるところ、ただの昔話の武勇伝だったようだ。

「オタクも乗ってみたほうがいいよ。乗ってみるといろんなことわかるから。別に経験長いから乗れるとかじゃないから頑張ってみて。さってオレも少し走ってくるか。じゃっ」そう言ってライディングスーツのジッパーを上げ、マシンにゆっくりと向かった。背中には、一寸法師とプリントされている。

「トシちゃんも辛抱強いね」賀茂田が後ろから声をかけた。

「なかなか自分なんかだと、ちょっとあまり体験できないような話なんで、面白いですね」

「昔話だからなあ。いい人っていうより素直な人だな。あの人もバツイチだ」ヘルメットを被り、ゼファーに跨る丸子。少しフラフラしていたのがウソのように体に芯が通る。

「バイク乗りってやつは、変わり者ばっかりだな」セルを回すと4ストロークDOHCマルチエンジンが、フォン、フォンとレスポンス鋭くブリッピングされる。クラッチを握り、ガチャリとギヤを踏み込む。両後ろを確認し、スルスルとゼファーが走り出す。それを見送るトシと賀茂田。

「自分、乗るのは、無理そうですね」甲高い排気音が響き始める

「トシちゃんがいてくれないとな。優しくてマトモな人間が、必要だからな」

丸子のゼファーが、ジローのNSFをあっという間に抜き去る。


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