ツバメのいこいサーキットとジローの中曽根設備
17.ツバメのいこいサーキットとジローの中曽根設備
アプリリアRS125を磨く馬場。「美しいねー。君は特別なマシンだからね」ひとりごとをぶつぶつ言いながら、眼鏡用の小さなクロスで細かく磨く。1997年2輪世界選手権GP125年間チャンピオンを獲得したバレンティーノロッシのレプリカマシン。その様子を事務所の窓から眺める賀茂田。
「バレのやつ、今日も走んなかったな」
「バレって呼ぶのやめなよ」ツバメは事務書類の書き込みでパソコンに向かいながらそう言った。
「いいじゃねえか、本人が呼んでほしいんだから。一応馬場零士、略してバレってんだから」
「週一回だけど、ああやって一日中ほとんど走んないで何が楽しいんだか。バイクは走んなきゃ」
「平日のすいてる時しか来ねえし、走るのだって午前午後合わせて30分くらいで、事故るような危ない走りもしねえ。走行券だってちゃんと買ってくれる。いいお客さんだあ」
「でも、新しい人来るたんび、マシン磨いてて、迷惑かけてんじゃない。なんの仕事してんのかなあ」
「さあな、自分のバイクのこと以外あんまり話ししないからな。今日来た人にはそれほどしつこくなかったぞ」
「斉藤さんね。おじさんだったけど、アプリリア見ても、反応しなかったんじゃない」
「もともと世界選手権レースとかに興味あったわけじゃあないようだったしな。ケンさんなんかとは話し合うんじゃねえか」
「ケンさんか。あっ、友引じゃないのか。だからこなかったんだ」
「葬儀屋からな。」
「違うよ。火葬場にお勤めなんだから。あの人もあんま走んないのよね」
「バイクは走んなきゃか?そういうお前はどうなんだ。こんだけ休んだのは、昇が死んだ時以来だろう。最終戦もキャンセルして、来シーズン走るのかよ」浅野昇はツバメの父親だ。6年前、急性白血病を患い、発見から半年で亡くなった。
「走るよ。トレーニングだってしてるし」
「一人でフィジカルトレーニングしてるだけじゃ、レースには勝てねえぞ。飯はちゃんと食ってんのか。走りもしないのにダイエットなんかしてんなよ」
「してないよ。食べんの面倒なだけ……ほら、馬場さん帰ったよ」事務所前を幌付き軽トラックが横切った。
「バレって呼んでやれよ」そう言いながら賀茂田は事務所を出て行った。事務所わきの用具置き場から竹ぼうきを出し、コースの点検に出かけた。
「走るよ」ひとりごとをつぶやくツバメ。立ち上がって事務所を出る。
《浅野つばめ ライダー 女性》ジローは、インターネットの検索サイトを使って調べた。
「あんまりヒットしないなあ。とりあえず、これか」ぶつぶつ言いながら〝いこいサーキット″のホームページからいこいサーキットレーシングチームのリンクに飛んだ。その中のライダーのバーナーをクリックした。
「あるじゃない。けど、こんだけかよ」ジローのアパートで、ノートパソコンからネット検索をした。
【浅野つばめ:ライダー 出身:埼玉県 所在:いこいサーキット近辺 身長:151cm 体重:未公表 特技:利きチョコレートができるほどのチョコ好き】
8歳の時、父親の友人のミニバイクに遭遇。行きつけのサーキットで開催されたレースに、男の子の代役でレース出場。集団のバトルを抜けきっていきなりの優勝。以降、バイクレースとの関係が18年以上続いている。
現在の所属:いこいサーキットRT シモツマロードレースGP4クラスにフル参戦中
「18年以上か。大したもんだ。次、いつ走んのかな」モニターに写し出されているコーナリング中のツバメとマシン。ツバメの肩が、コーナー内側のゼブラゾーンを擦りそうなほど身体を落としている。
「ライダー」