ジロー、モトピット・マルヤに行く
16.ジロー、モトピット・マルヤに行く
トシに運転してもらっている車中。道路わきに畑が広がってる。牧草なのか大きな枯草の団子のようなものが何個もごろごろしている。それを眺めながら携帯電話を取り出した。
相手は、モトピット・マルヤ、ツナギを借してくれたバイクショップだ。
「中曽根設備の斉藤です」
「いつもお世話になっております」チーフメカニックの山田のおっとりした声だ。
「今日は仕事じゃなくて、バイクのことなんだけど……実はNSFでコケちゃったんだ。これから、そっちに向かうから、バイクを診てもらっていいですか?」
「エー。本当ですか?ケガ、大丈夫ですか?」エーとは言ったがそれほど驚いていないようだ。バイクショップだから、そんな連絡は結構あるのだろう。
「大丈夫。身体は何ともないです。バイクも大したことないけど一応診てもらおうかと」
「こっちはもちろん大丈夫です。気をつけていらしてください。」その言葉に少し安心した。
「じゃあ、向かいます。ありがとう。」電話を切った。
「あーあ」大きくため息をつき軽ワゴンの外を眺めた。隣でトシは、ニヤニヤしている。
ジローはトシを一旦家に送って、ひとりで車を走らせマルヤに向かった。
「あーあ、コケちゃった!」ため息混じりに声を出して言う。だんだん悔しくなってくる。
「こけた!こけた!こけた!遅いのにコケた!」車の進む先を見つめ、景色が流れていく。
「バイク、傷ついた。壊した。」どんどん悔しさがこみ上げてくる。
「クソー!遅えのに。くやしい!チクショー!へたくそー!」大きい声で独り言を言う。
「……」サーキットで走っていたとき、調子に乗っていた。うかれていた。自分のバイクを操る技術が無いのに、そのことを忘れてた。サーキットに慣れてさえいないのに。
「馬鹿野郎だ。アホだ。オレは、馬鹿野郎の愚か者だ!ずっと前から、ずーっとだけどな」大きい声を出して、少し落ち着いた。
バイクショップ、モトピット・マルヤ。バイクショップといってもバイクは販売していない。国道から駐車スペースに車を入れると、スタッフの桃川がすぐに店から出てジローがNSFを降ろすのを手伝ってくれた。
桃川がバイクを固定しているベルトを外す。
「スリップ、リアからですか?」
すぐにバイクを観察して桃川が言った。「でも、いこいの最終コーナーなら、それほどスピード出てないでしょうから、ダメージは少なそうですね。」ジローは、恥ずかしさで照れ笑い。
てきぱきと作業する桃川につられて、ジローも反対側のベルトを外し、バイクをラダーに載せ、バックで駐車場に降ろした。
バイクは桃川が店の中へ運び入れた。
ジローは、ラダーやベルトを片付け、車のドアを閉め、店に入った。
マルヤは、街乗りの単気筒エンジンのバイクをチューニングやカスタムをする専門のショップだ。その入り口からすぐに作業スペースになっていて、目の前でその様子を見ることができる。また、奥側には、旋盤や溶接といった工作機械もあり、その場でフィッティング部品を作成して取り付けるといったこともしてくれる技術力のあるバイクショップだ。何度か水道修理で来たお客さんだったが、そういった仕事だということをジローは最近知ったのだった。
店の中には、社長の宮本もいた。
「どのくらい走ってコケたんですか?」宮本に聞かれた。
「朝から20分から25分、20周くらい走った後一度休憩して、もう一度走り出して5周位した後だったと思います。」
「そのくらいじゃあ、タイヤが冷えていたせいじゃないですね。リアからですか?」
「はい。コーナーの立ち上がり」
「でも、このくらいで済んで良かった。身体はなんとも無いですか?」
「今のところ大丈夫。」
「山田君。損傷箇所、チェックしちゃおうか。」宮本がそう声を掛け、山田がノートとペンを持ってバイクの右側に立った。
「えっと。前から順番に見ていきますね。まず、カウルの削れ。」そう言いながらカウルの損傷箇所と、そのほかに異常は無いか下側も覗いてチェックする。
「われとかは無いようなので、ファイバーの補修と塗装ですね。」
「次にバンドル。バーエンドが削れちゃってるだけで、ハンドル自体の交換は必要なさそうですね」
NSFは順番にチェックされていく。
「でもホント、思ったよりもダメージが少なくて良かったじゃないですか。」
宮本がチェックを終えたバイクを見落としが無いか探りながらそう言った。
「やっぱり小さくて軽いバイクは、大丈夫なんだなあ。どうなんですか。懲りずにサーキットは通いますか?」
「え、ええ。多分」回数券のことは言わなかった。
「だったら、必要最低限の交換部品、レバー類とステップ、ブレーキとシフトペダル、何種類かのスプロケットは揃えたほうがいいですよ」
「それって、頼むことできます?」
「できますが、量販店やネットでも買えますよ」
「これからちょくちょくメンテナンスも頼みますんで、注文していいですか?」
「もちろん、バイク屋ですから」