ジロー、サーキットを感じる
13.ジロー、サーキットを感じる
少し走り慣れた頃から、他のライダーたちもポツポツとコースインしてきた。排気量600ccのスズキGSX―Rレーサーやスーパースポーツタイプも走り出した。
『いきなりレーサーか!ムコウは気にもかけてないだろうけど、こっちは気になる。邪魔にはならないように……』少し緊張するジロー。
半周差以上で走り出し。向こうは走りはじめだからゆっくり走っているのだろうけど、コーナーを廻るごとにバイクが迫ってくるが分かる。
『当たり前だけど、速いな……』
そして、3周もしないうちにコーナーでバイクを確認できなくなった。
『てことは、すぐ後ろにいるってこと?』
そう思う間も無く、そのコーナーを立ち上がる時に外側に影がみえた。それが、すっと横を加速して、あっという間に前に、そして、次のコーナーへ飛ぶように走ってゆく。
『ハエ~……』
ジローも、アクセル全開にして少しでも離されないように。しかし、レーサーは、次のコーナーをきれいな弧を描いて周って行く。ジローは、ギクシャクしながら周り、立ち上がり加速であっという間に置いてきぼり。
『やっぱり、速いよなあ~……』
当たり前のことでも、改めて感心する。
その間にもカワサキGPZ900にも追いつかれ、抜かれた。
『デェー、速いなあ~。』
と思う間も無くヤマハYZF―R1も、ジローがいなかったかのように、風のように抜けてゆく。
『イヤ~。なんだかなぁ……こっちはまだ、何処をどのギヤで、どんだけのスピードで、何処でブレーキングしてとか、分かってないんだから……まあ、少しでも慣れるようにコースを周回出来ればいいか……』
そんなことを探るように走る。でも、数周もしないうちにGSXーRレーサーが迫ってくるのがコーナーで確認できる。
『え~、いくらなんでも速すぎるんじゃない?』
そんな思いもお構いなしであっという間に後ろに。そして、抜かれる。
『ハヤッ!』
ジローが6周する間にもう一周多く走り周回遅れ。ビューンと飛んでく後姿を見送る。
『20周くらいしたか?とりあえず休憩しよ』
バイクを降りて、つなぎを上半身だけ身体から外した。
「お疲れさまー」トシがスポーツドリンクを差し出した。一口ゴクリと飲む。クーラーボックスを椅子代わりに腰掛けコースを眺める。
「ジローさん、最初結構すごいやと思いましたよー」
「その最初ってのは、なんだ。まあ、オレも思ったけど」そう言って笑った。
「でも、みんな、速いっすねえ」
「いや、ホントにオレがクソ遅いや……でも、めいっぱいで走るって、ヤッパ、面白いぞ。バイクを走らせるには、一番楽しいところだな。サーキットってところは」
「でも、少しコーナリングで膝とか着いてませんでした?」
「そうなんだよ。バイクが小さいせいもあるけど、意外とつくもんだな」
「すごく上手い人みたいでしたよ。でも、ツーリングとか、峠のワインディングとかとは違うんすか?」
「まあ、オレが言えた義理じゃあ無いけどな。山道なんかも気持ちいいさ。自然の風を感じたり、景色を楽しんだり、開放感を味わったり。でも、バイクを走らせるってことだけ考えると、ただ、短いコースをぐるぐる廻っているだけなのに、自分の能力を最大限出して、ものすごく考えて、神経使ってできる限り素早く体を動かしてバイクを操り続ける。それだけに集中している時間。ほかの何事も考えてないってことがこんなにも充実感を味わえるなんて、初めて知ったよ。」
「へえ、物凄くくたびれそうな気がしますけど」
「その通り。だけどなんでか、気持ちいいんだな」コースを走っているライダーたちを眺めるジローとトシ。
「あの人たちも、おんなじ様な気持ちで走っているんすかね」
「どうだか。オレは初心者だから、目いっぱい考えねえとまっすぐさえまともに走れないからな。あの人たちは、もっと上の事考えているんだろうよ。それがなんだか気になるが、まずはサーキットに慣れることに集中だな」
薄曇りだけど、かなり明るく、11月のわりにそれほど気温が低くない。
バイクを走らせるには最高のコンディションだ。
「さあ、もう一丁、走るか!」
つなぎに腕を通し、NSFのエンジンを再始動する。
《ブーン》ノーマルの優しい音だが、レスポンスは悪くない。
ヘルメットを被り、グローブを嵌める。
マシンに跨りアクセルを煽る。レーシングスタンドを外し、それをトシが脇に寄せる。
『ヨッシャー!』
気合を入れて、コースイン。
「さっきよりも、速く!」トシが気合を入れるように軽く背中をたたいた。