ジロー、初ライド
12.ジロー、初ライド
いこいサーキットは、コースの外側の駐車場が、パドック兼用で準備や整備をする。
ジローはNSFのエンジンを掛けるためキックを踏み下ろした。4サイクル単気筒エンジンは、あっさりと始動をはじめ、暖機運転を開始する。その間に皮ツナギ、ブーツ、グローブ、ヘルメットなどの装備を装着した。マシンも一回りチェック、タイヤの空気圧を確認。
「走行前の準備ってそんなもんなんすか?」トシが不安そうに聞いた。
「オレだってよくわかってないんだから聞くなよ。とりあえずそれ以上の思いつかないんだから、準備完了だ」そんなことをしている間にも車が入ってきた。慣れた様子でコースのそばに止めていく。
「空いてるうちにお試し体験で走ってみたほうがいいんじゃないすか」
「そうだな。へたっぴだからな」そう言ってジローは、ヘルメットを被り、顎ひもを締めた。
周りの人はまだ準備中。あの話しかけてきた馬場もまだ走っていない。それどころか、まだストレッチを続けている。少し、不気味だ。
エンジンの暖機運転はもう十分だろう。初めてだが、準備が済んだ。そして、遠慮がちにバイクに跨った。トシが緊張した顔をしている。それがジローの緊張を少しほぐした。
クラッチを繋いでコース入り口まで進む。
コース手前で一旦停車して周りを見渡し安全確認。
ローギヤでアクセルを開けながらクラッチを繋ぎ、左手を上げてコースイン。初めてなだけの緊張。分かっているが、ドキドキするもんだ。
始めは、短いストレートの外側をゆっくりとシフトアップしながら徐々にスピードを上げる。すぐに緩めの右1コーナー。外側を回り立ち上がりスピードを上げてゆく。
軽い左2コーナーからレコードラインに寄る。右のヘアピンの3コーナー。
立ち上がってバイクを起こしたらすぐに複合気味の左の90度4コーナー、立ち上がって少しスピードが乗ったところで右最終5コーナー。一周550m。立ち上がってストレート。
『こんなもんで、いいのか?初心者の邪魔にならない走りになっているのか?とりあえず走り続ければなんか分かるかも。』他のライダーが走り始めた時に備え、走行ラインの確認もした。
ゆっくり走りながらも徐々にペースを上げて行く。少しずつ、そして、だんだん調子が出てくる。
ストレートでフルスロットル。ブレーキングで、一速落として右、エンジン回転をキープして立ち上がって、アクセルを開け、シフトアップ。すぐにブレーキング、二速落として右ヘアピンをクリアして起こしてアクセル。すぐに左タイトコーナー。クリアして加速。シフトアップ。加速。ブレーキング。シフトダウン。右の最終ヘアピン。グルッと回ってバイクを加速させながら立ち上がる。
『大丈夫。走れている。』
コースの幅をいっぱいに使い、バイクを倒しコーナーを廻りストレートをバイクに伏せて加速する。
更に調子に乗って、バイクを傾ける角度も深くなって行く。
コーナリングで腰を内側にずらし、膝を開いて路面に突き出してみる。膝のバンクセンサーが、かすかに路面に擦れた。
『本気のライダーみたいだー!』ヘルメットの中でニンマリとする。
景色が流れる。空気の中を抜けてゆく。外に引っ張られる力に抗いながらバイクをバランスさせ曲り抜ける。そして飛び出すように加速。実際には、大したスピードも出ていず、バイクもあまりバンクしてもいないが、ジローの妄想の中、一流ライダーの気分で走り続ける。
ワクワクしている。バイクの走り以上に、全身の血が駆けまわる。心臓が大きく鼓動を打つ。五感で感じるすべての情報を脳がフル回転で処理しながら、手足、身体全体に運動命令を下し続ける。
ヘルメットの中の顔は、ニヤケながら歓喜に叫びながらバイクを走らせる。
『これが、バイクを走らせるってことか。』
公道では感じることのできない感覚。ジローは、バイクで走る新しい世界の入口に、一歩足を踏み入れた。