ジロー、ライセンスを取る
11.ジロー、ライセンスを取る
このサーキットは、服装の装備とロードタイヤを装着したスクーター以外のバイクであれば走行可能だ。そのためバイクの種類も様々で、NSR250、CBR400、アプリリアの250はサーキットでは当たり前だけど、エイプのカスタムやモンキーのカスタムが一緒に走るようだ。ヤマハのTMAXはスクーターではなくオートマチックスーパースポーツということで走行可能だそうだ。下妻サーキットだったら、車種によって速さの差がやたらあって走りにくいのだろうが、直線は短いしコーナーもきつくてスピードが上がりにくいから、結構同じようなペースで走れるようだ。コーナリングは、カスタムした排気量100ccのエイプが大排気量車のケツをつつくような速さで走るらしい。
「これなら遅いオレでも、多少の迷惑は勘弁してもらえそうだな」
「いや、ほんと。なんか、かわいいサーキットですね」
コース上では、ピンクのタオルを頭にかぶったスタッフと思われる人が、竹ぼうきを持ってコース上を確認していた。
「あれ、でっかい人。下妻サーキットの事務所入り口で見かけた人だ」
そのスタッフがゆっくりと路面を確認しながら戻ってきた。
「スイマセン。スタッフの方ですか?ちょっと教えてもらっていいですか?」
「ああ、なんですか。」やはり、下妻サーキットの事務所前ですれ違った賀茂田だった。
「いつも、平日はこんな感じなんですか?」
「そうだね。まあ、グループで人が入るときはもっと大勢のときもあるけど、平日は大体こんな感じだね。」
「初心者なんですけど、問題ないですかね。」
「まあ、バイクもばらばらで、走る人のレベルもばらばらだけど、それなりにみんな走っていますから、全然問題ないですよ。走行規定があるから、それを守って普通に走れて、人の迷惑になるようなことさえしなければ、大丈夫。ほかのサーキットと違って、いがいとのんびりしたもんだよ」そう言いながら頭に巻いていたピンクのタオルを外した。
「初めてならライセンス登録だね。じゃあ、事務所行ってもらおうか。ツバメ、ご新規さんの登録だ」30mほど離れてピンクの作業ツナギを着てコース点検をしていた小さなスタッフは、あの女ライダーの浅野つばめだった。
事務所の中は机が何個か置いてあって普通のオフィスになっていた。「えっと、おひとり分ですか?」ツバメは、事務所入り口そばでパンフレットなどをきょろきょろ見ているトシを見てそう言った。
「あっ、あいつは見学。走るのはオレひとりです」カウンターを挟んで書類の説明を受けた。
「じゃあ、ライセンス発行に、印鑑と写真、免許証の確認、手数料1500円が必要になります。あとこれに必要事項記録してください」
「あと、走行券のお得な回数券があるってネットで見たんですけど」
「初めてですよね。返金と譲渡はできないけど、いきなり10回半日券でいいんですか?」
「お願いします。」
ツバメは少しジローの顔を見た。そしてジローが記入した書類を見た。
「緊急連絡先、親族ですか?」
「あっ、いや。今日一緒に来た会社の同僚です。」後ろで事務所内を眺めているトシを指さす。
「親兄弟や配偶者などの親族はいらっしゃらないんですか。万一の事故とかで病院で必要になるんで」
「バツイチでして。でも、別所帯ですけど、成人している子供がいます。」
「じゃあ、一応その親族の連絡先も記入しておいてください」
ジローは携帯電話のアドレスを確認して記入した。
「少しお待ちください」
ツバメは、その書類を元にライセンスカードを作る作業に移った。
その間、ジローはトシと一緒に壁に張られているポスターや告知を眺めた。
「ジローさん、〈初心者用ライディングレッスン〉なんてのが有りますよ」
「本当だ。2・3名の少人数レッスンで、レベルアップだと」
「斉藤さん」ジローは、名前を呼ばれ、カウンターに戻った。
「次回から、このカードと走行券を出して、走行受付票を記入してもらいます」
パウチされたカードにジローの写真が貼られている。自分がサーキットライセンスを持つことになるとは思っていなかった。そのカードを見て、顔がニヤつきそうになる。
「おう、トシ、どうだ。オレのライセンスだぞ」自慢げにトシに見せる。「カッコイイだろう。お前も貰ったらどうだ。」
「大丈夫。走らないですから」
ニヤつくジローの顔。キモイオヤジだ。
「じゃあ、これ今日の走行券。バイクの見やすいところにテープで張ってください。」