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甘味城下物語  作者: 紅弓
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葉月 一つの木より栗を拾い 美邑(よしむら)は賊を突く

葉月 一つの木より栗を拾い

美邑は賊を突く


「今日も父上は朝からお忙しいのですね・・・」

 翌日、昨日の朝と同じように、ひきっぱなしの布団と、脱ぎ捨てられた紅季の寝巻きをきれいにたたみながら、紫季は独り言を言った。だが、途中で思い直して、窓を少し開けて、布団は日に当たるようにした。少しはふかふかになるだろう。

「さて、朝食を頂いて、私も外に出ますか」

 紫季は肩まである髪の毛を紫色の糸で器用に結い上げると、愛用の木刀を引っさげて部屋を出た。紫季の木刀は、紫季が生まれたときに紅季が彫ったものだ。刃のところに、紫季の生まれた日付と名前、それに、父親である紅季の名と、母親である()(ぎく)の名が彫ってある。紫季はそれを護身用も兼ねて肌身離さず持っているのだ。


「紫季!どこへ行くんだ?」

 城で朝食を食べた後、“桜月”に行こうとして、例のごとく道に迷っていた紫季は、大きな籠を背負った竜胆に声をかけられた。桜色に、白い折鶴模様の着物を着た小さな女の子が一緒だ。

「あ、竜胆。“桜月”に行こうと思っているのですが、どうしても道がわからなくて・・・」

 紫季が言うと、竜胆は眉をひそめた。

「道がわからないって、うちの店は城からほとんど一本道だぞ?」竜胆はどうして道に迷えるのかと問いたげな様子だ。「城から真っ直ぐ出て、三つ目の角を曲がって二軒目だ―――甘味通りと言うところだぞ」

 甘味城下の通りには、それぞれその通りで一番大きな店の名前が付けられている。“桜月”のある通りでは甘味屋―――つまり“桜月”が一番大きい店なのだ。

「そうでしたか?」

「そうでしたかって・・・」

 甘味の町は碁盤の目のようなつくりになっている。二人はしばらく町の造りについて話していたが、そのうちに竜胆の傍にいた女の子が遠慮がちに竜胆を見上げた。「兄上・・・」

「あ、そうだった。紫季、一緒に来い」

 竜胆は山のほうに向かって、すたすた歩き出した。

「どこにです?」

 紫季が聞くと、女の子が答えた。

「栗拾いです」

「栗拾いですか?時期が早くありません?」

 まだ夏は終わっていない。と言うか、この暑さを考えると、まだ盛りだ。紫季の感覚ではまだまだ栗の季節ではない。

「一本だけ実をつけるのが早い木がある」

 かごを担いだ竜胆は女の子と紫季を置いてすたすた前を行く。

「そうなんですか・・・ところで、あなたは竜胆の妹ですか?」紫季が女の子に聞いた。

「はい。蓮華(れんげ)です。あなたは秋村紫季さまですよね?」

「ええ」

 紫季が答えると、蓮華がにこりと笑う。笑った顔がとっても可愛い。くりくりとした大きな瞳は青みがかっていて、肌の色も白くて、真っ黒な睫毛も長い。竜胆よりは二歳年下だというから、八歳ということになる。

 紫季が隣を歩くと、蓮華の小さな手が紫季の手を握った。

「・・・?」

「手を繋いで一緒に歩きましょう」

 兄弟のいない紫季は誰かと手を繋ぐなど、久しぶりだった。紅季はいつも紫季の前をすたすた歩くので、手など繋いでいられないし、この歳になって、しかもあの父親と、手など繋ぎたいとも思わない。両親以外と手を繋ぐのは初めてだったが、蓮華があまりにも可愛らしくて、嬉しそうなので、栗林まで手を繋いで歩いた。


「おい、紫季!いがのまま放り投げるなよ。背負ったときに俺の背中に刺さるだろう」

 拾った栗を次から次へといがのまま籠に放り投げる紫季を見て、竜胆が慌てた。

「え?じゃあ、どうすれば・・・」

 戸惑う紫季に、蓮華が木の棒を使っていがの中身を出すことを教えた。

「栗拾い、初めてですか」

「初めてです。この栗はどうするんですか?」

「甘露煮にして、栗善哉にしたり、餡蜜に飾ったりするんです」

 三人が栗を籠いっぱいに拾って、林を出ようとすると、林の入り口の小道に人影があった。

「・・・誰だろう・・・?」

 竜胆がそばの木に手をかけて人影をもっとよく見ようとした。だが、それを紫季が押しとどめて大きな木の陰に引っ張り込んだ。蓮華は紫季の着物の裾を掴んで後ろに隠れている。

「・・・どうした?」

 竜胆は人影から目を離さずに声をひそめて訊いた。

「・・・嫌な予感がするんです・・・」

 紫季の勘はあの紅季さえもが頼りにするほどよく当たるのだ。今あの人影に近づいたら、危険なことが起こる気がするのだ。

「・・・・・・」

 三人はしばらく黙ってみていた。人影は六人の男のようだ。一人の男を五人が取り囲んでいる。周りの五人は皆まちまちな格好をしている。五人が邪魔で、真ん中の男はよく見えない。

「山賊と、どっかのお侍らしいな」

「ええ・・・助けますか?」

「これでか?」

 竜胆は自分の長槍と紫季の木刀を見た。槍といっても、穂先は堅い柿の木を削って作ったものだ。刀の助けになれるとは思えない。

 二人が相談している間に、事は起こった。それは一瞬の出来事だった。五人に囲まれていた侍らしき男が、山賊を刀の鞘で突き倒したのだ。山賊たちは侍の腕を見て驚いたのだろう、五人とも山の中へと逃げていってしまった。

「見事!」

 竜胆が思わず声を上げた。

「・・・何者っ!」

 侍がきっと竜胆を睨み、刀の柄に手を当てた。背が高くて、髪を紫季のように高く結い上げている。群青の飛白の着物に純白の襷をかけて、漆黒の帯を締めている。

「あんみつ城下の甘味屋、“桜月”の常真竜胆だ」

 竜胆が林から抜け出して名乗った。蓮華と紫季も着物や髪の毛に絡まった落ち葉を掃いながら侍の前に出た。

「こっちは妹の蓮華と、友人の秋村紫季だ」

 竜胆の言葉に侍は頷き、そしてにこりと微笑んだ。

「くずきり城の東條美邑(とうじょうよしむら)だ」

 侍は名乗ると、時間がないからといって、さっときびすを返して甘味城下の町へと姿を消した。紫季と竜胆はその颯爽とした後姿にしばらく見惚れていた。


 それから二月ばかりがあっという間に過ぎた。川で泳いだり、魚を釣ったり、山へ花や虫を取りにいったり、そしてまた栗林へ栗拾いに行ったり。紫季はこの二ヶ月の間に、やったこともないようなことを毎日めいっぱいして、実に子供らしい時間を過ごしていた。

そして、季節は秋になっていた。紫季は二人と遊びに行く以外は、特に城下を見回ることもなく、毎日『桜月』に通って、竜胆や蓮華と一緒に店の手伝いをしている。

「いつもごめんなさいね」

 竜胆は両親と蓮華との四人家族で、どちらかというと母親に似た顔立ちをしている。大きな瞳ときゅっとした頤。がっしりとした骨格は父親似だ。

「いえ、楽しいから毎日お世話になっているのです。ご迷惑でなければいいのですが」

 紫季が言うと、竜胆の両親は揃って首を振る。

「息子がひとり増えたみたいで助かってるさ。それにしても器用なもんだなぁ」

 一昨日拾った茹で栗の薄皮を剥く紫季を見て竜胆の父親が言う。栗の実がなる頃になると、三日に一度くらいの割合で栗を拾いに行くのだ。

「私は侍になるよりもこっちのほうが向いているかもしれません」

「ははは・・・だが、紅季殿は立派なお侍だ。紫季もきっと、今にああなるぞ」

 その言葉に、紫季は少しばかり悩んだ。侍としての父は大いに尊敬しているが、父親としてはどうかと思う行動も多々あるのだ。だが、それも紅季のよいところだと思えないこともないが・・・。

「あ、そろそろ失礼します。夕餉の席に間に合うように帰らないと、夕食抜きで明日の朝に素振り千本やらされますから」

 紅季の侍修行は厳しいのだ。天真爛漫な父のおかげで我慢強いほうではあるが、その紫季さえも閉口してしまう。

「ほら、持って帰れ」

 竜胆が小鉢を持ってきて紫季に渡した。中には、きらきら光る金色の蜜にきれいな黄金色の栗が入っている。

「この間お前が拾うのを手伝ってくれた栗だ。少しだけど、秋の味覚のお裾分け」

「ありがとう」

「じゃあ、気をつけて。蓮華、城門が見えるところまで送ってやれよ。じゃないと紫季は道に迷って帰れなくなるから」

「はい」

 蓮華は紫季の手を引いて、あんみつ城へ向かってゆっくり歩き出した。

「星がきれいですね」

「ええ」

 竜胆はまだ店の手伝いがあるので、紫季を城門まで送るのは蓮華の役目だ。蓮華は紫季と歩くときは必ず手を繋ぐ。

「あ、流れ星!」

 まだ薄暗い中で流れた星に、蓮華が紫季の手を離して、自分の両手を合わせて、目を閉じて何か熱心に願い事をしている。願い終わると、蓮華は再び紫季の手をとって歩き出した。

「何をお願いしたんですか?」

「・・・紫季さまには秘密です」蓮華がにこりと笑って言った。

「どうして?」

「どうしても」

蓮華に秘密を作られて、紫季は少し寂しくなった。

だが、寂しくなったのも束の間、気づけばもう、城門の前だった。城はすぐ店の近くのだが、方向音痴の紫季にとってはその何分かさえも冒険なのだ。

「ありがとう。蓮ちゃん、気をつけて帰ってくださいね」

「はい。紫季さま、明日も来てくれますよね?」

「ええ、もちろん」

「じゃあ、巳の刻にここまで待っててください。お迎えに来ますから」蓮華が嬉しそうに言う。

「毎日ごめんなさい」

「いいの。紫季さまとお散歩するの、楽しみだから!」蓮華は紫季の手を幾度か撫でてからゆっくりと手を離す。「おやすみなさい。また明日」

「おやすみなさい。よい夢を」

 紫季は蓮華が角を曲がって見えなくなるまで見送った。


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