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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ユリイカ短編選集

忌怨草

作者: ユリイカ

<……死の儀式を終えたようね。地獄にようこそ~>


 漆黒の闇の中で俺を案内してくれたのは、見るからに性格のキツそうな妖精だった。


<へぇ、あんた転生希望なんだ。じゃあ煉獄にも後で案内してあげるわね。でも天獄……じゃなかった、天国に行きたいのなら、この地獄で規定のアイテムを集める必要があるのよ。

 あんたなかなか悪そうな面してるじゃない。え?生前は「いい人」で通ってたって?そういうのがここでは優等生になるのよねぇ。 

 ここじゃ他人を騙せば騙すほど、陥れれば陥れるほど効率よく規定のアイテムをゲットできるの。一歩あるけばトラップ、また一歩あるけばトラップ、決して退屈する事はないわ。退屈なのはこの案内だけ。

 さ、早く他人をぶち殺して規定のアイテムをゲットしてきなさい>




――あれは夢ではなかったのか。


 ガムでできたトラップに引っかかり、地面に全身貼り付けになったまま、俺は安易に地獄の草むらの上を歩いた事を後悔していた。

 靴でガムを踏んづけた事は何度かあるが、全身で踏んづけるのは初めての体験だ。咄嗟に顔を横に向けて、とりもちによる窒息死は免れたようだが、餓死は免れない。早くも俺は地獄での「一回目の生」をあっけなく終えようとしているところだった。


 空腹による死は当然辛いものだが、現世の苦しみとはちょっと違う感じがする。多分もう肉体を失っているからだろう。

 死後の世界では、肉体を持っていた時の感覚が続くと唱えて人を脅かしている人間がいるが、それは俺に言わせれば間違いだ。肉体を失ったら、痛みを感じる神経も脳もない世界に行くのだから、現世の苦痛をそのまま感じるわけがない。感じるとすれば、言わばそれは霊体における苦しみなのだ。

 よく地獄を火や釜戸に例えるが、それが比較的正しいイメージだ。


 規定のアイテムは赤いダイヤモンドのような「クレジット」と呼ばれる言わば地獄の通貨を10000個集める事だ。死んでもクレジットは引き継がれるらしいので、誰でも時間さえかければ天国に行けるのだ。置いても置いても賽の河原で積んだ石を崩されるよりは遥かに親切だが、それでも相手を陥れてクレジットを稼いだり、奪ったりするのは気が引ける。



                 *


 俺は……死んだ、のか?何と呆気ない。これが地獄での死というものなのだろうか。

 二回目の生から俺は気を取り直して、必死にトラップを製作し、他人を罠にかけた。とりもち、トラバサミ、自動式ボウガン、カタパルト、何でも作って設置しまくる。断末魔がトラップ成功のファンファーレだ。


 クレジットは一つの塊に集約される。だから5000個も集めたとなると、両手で抱えなければ持てないほどの大きさになる。

 それはつまり、盗難や襲撃のリスクが高まるという事である。どうにかしてこの赤いダイヤモンドのような巨大な宝石を隠す手段を考えなければならない。


 いろんな手段を考えてみたが、最も効果的なのは、この『クレジット』を消費して自分を強化したり、魔法を使う事である。そうすれば、クレジットは減るが、盗られるリスクが減る。つまり10000個集めれば良いというのはただの方便で、本当はそれを維持する為にもっと多くのクレジットが必要なのだ。


 俺はこの地獄を出なければならない。こんな所は俺のいるべき場所じゃない。早く転生なりなんなりして出なければならない。その為にはケチケチしてクレジットが減るのを惜しんでいる場合ではない。


 俺は手持ちのクレジットを全て消費し、生前に祈祷師だった時にあった霊力をフルに解放した。俺が使ったのは『ソウルムーブ』である。これは霊体を更に魂の段階にまで「引き上げて」移動する技である。


 俺がソウルムーブを使うと、俺の魂が上へ、上へと引きこまれるのを感じた。やはりそれはここが地獄だからだろうか。

 だが何かがおかしい。俺は上空から地獄全体を見た。


 ここはただの巨大な荒野だ。しかし学校か何かの跡地のようである。この草原の「端っこ」にうっすらと校舎のようなものが透けて見える。その先は闇。俺たちはこの学校と、裏庭のような巨大な荒野の、地獄と呼ぶにはかなり狭いスペースで戦っている事になる。


 俺は魂の状態のまま、その校舎を探ってみる事にした。すると校長室と思しき場所で、あの案内をしてくれた妖精と、見知らぬ誰かが話しているところを見かけた。

 

 


「エンドゥーリ、状況はどうだ?」

「順調よ。今日も、何も知らずに殺しあっているわ」

忌怨草きえんそうが枯れないかよく見張っていろよ。いずれあの仕組みに気づく奴が出るかもしれん」

「大丈夫よ。あの草の臭いは超強力だから」

「それにしても愚かな奴どもよ。ここがリンボ(辺獄)だとも知らずに罪を増やしている輩のおかげで、消費した血のクリスタルの力がわんさか収穫できる」

「そうすればまた地獄を支配できるね。ヘルゴートちゃん」

「そうだな。今は我慢の時だ」

 

 何ということだ……一杯食わされていたのか!魂の状態になったから、忌怨草きえんそうとか言う草の効果がなくなったみたいだな。

 辺獄って確か地獄と天国の中間地点みたいな所だったよな……俺達はこんな所で殺し合いをさせられていたのか。


 とにかく忌怨草という植物のルーツを霊界辞書で探ってみるか。 


 俺がそう念じた後、校長室を再び覗くと、のぞいていたはずの場所に妖精だけが居なくなっていた。

 途端、背後に気配を感じた。


「その必要はないわ」 


 妖精が冷酷な表情で俺の前に立っていた。


「聞いたわね。今の話」


 俺は咄嗟に元の姿に戻った。

 しかし妖精はそんな事気にもせず、淡々とした口調で話し始めた。

 

「ここは辺獄。あなたはとある学校のただの生徒だった、何の罪も無い魂よ」

「学生だって?俺は元祈祷師だぞ……」

「それは前世をごっちゃにしているだけ。本当はあなた達はただこの呪われた学校に来てしまっただけの哀れな学生。夜の学校は辺獄への入り口に繋がっているからね」

「じゃあ俺は……」

「あれだけの殺しをしたら、もう地獄に行くしか無いわ。それもこれも全てあの草むらに生えている忌怨草きえんそうのしわざだけどね。あの草は『同種族の怨みを倍増させる』臭いをいつも出しているの。それで私たちは殺し合いで生まれた血の力を得る為にこの学校を『地獄』と称して、殺し合いの場所にして『血の力』を頂いているってわけ」

「何て事だ。それじゃ俺は何のためにクレジットを……」

「……まあ、嫌ならやめなさいよ。どうせあなたには何もできないわ」


 そう言って妖精はどこかに行ってしまった。


 どういう事だ?俺は魂にだってなれるし、情報も持っている。なのになぜ何もできないなどと言うのだ?

 俺は必死になって学校の周辺を調べた。しかし、暗闇の壁から外に出られない。辺獄とはこんなにも狭いものなのか?何かがおかしい……


 そうこうしているうちに、草むらでの殺し合いの場で何かが起こったようだ。

 ヘルゴートとか呼ばれたヤギのような顔をした男が草むらに戻って、殺し合いに加わっている。あれは辺獄の王様……ではないのか?

 どこかに行ったはずの妖精がまた戻ってきて言った。


「あれは人間の心を持った、ただの動物霊よ。地獄の王になりたがってるけど……地獄に王様なんていないんだよね~。自称なら沢山いるけど(笑)」


 俺は世界が少しずつ変質していくのに気がついた。

 妖精は、俺の心を全て見透かしているかのように、説明を始めた。


「ようやく分かった?あなたはすでに忌怨草の罠にハマっているのよ。

 忌怨草は『存在するけど存在しない草』。地獄の怨みがあったとしても、その怨みが物質としてはどこにも存在しないのと一緒。『忌』も『怨』も心の中にしか存在しないのよ」

「ど、どういう事だ?」

「考えなさい。考えて謎を解きなさい。あなたには怨みがある。だから<地獄>に落ちた。それが事実。しかしあなたはそれを見たくない。見たくないからあなたは<辺獄>を頭のなかで作り出して自分の罪を正当化しようとしているだけなの」

「つまり…………?」


 妖精は口を縦に二回開いた。


 もう…………そう?



                 *



……俺は気がつくと、ガムでできたトラップに引っかかり、地面に全身貼り付けになったまま、身動きもできない状態だった。

 俺は餓死寸前に生み出されたであろう幻覚からようやく覚めた。


「俺はこの地獄で何回死んだんだ……?」


 そう言うと、妖精がパタパタと軽快に羽を羽ばたかせてやってきて、言った。


「まだ1回も死んでないし、1クレジットも集まってないよ。頑張ってね」

「待って!魂になって抜け出すから……!」


 しかし、妖精は俺を無視してどこかに飛んでいった。そうだ。魔法や技なんてものも存在しない。ここは正真正銘の<地獄>だ。



 これがたった一回の死というものなのか……俺はあとどれだけこれを繰り返せば罪を許されるのだろう。

 横を向いた瞳から一筋の涙が零れた。



 這いつくばった地面には黒と黄土色の奇妙な草が揺らめいていた。

夏のホラー2015に間に合わなかったので普通に投稿。

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