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異能力者の中で、魔術師は生きていく

作者: ミト

 最初に気が付いた時、真っ先に思ったことは


(よっしゃ! 転生魔術成功してる!)


 …………だった。















 五歳になる少年、葛城紫乃(かつらぎしの)は、鏡の前で三度、瞬きを繰り返す。


 肩の上で切り揃えた黒い髪。少し薄めだが二重でぱっちりとした茶色の瞳。若干女性寄りなのは否めないが、それでも贔屓目に見なくてもある程度は整っている相貌。最後に、日焼けのない白い素肌の短い手足が、それぞれ半袖と半ズボンの先から伸びていた。


 どこからどう見ても、まだ成長期すら迎えていない幼児である。なのにその表情はどこか老熟したような雰囲気を漂わせる。紫乃の一人部屋になってからの、朝起きて着替えた後に行う日課は、紫乃の身体全体を余裕で映すことの出来る姿見の前に立つことである。


 言っておくが、紫乃自身は断じてナルシストではない。確かに姿見で己の姿を眺めて口元が緩んでしまうことはあるが、それは自分の容姿にではなく、生まれ変わることに成功した喜びを噛みしめているからである。



 ――――生まれ変わる。そう、紫乃には、葛城紫乃としての五年分の記憶以外にもう一つ、別の記憶があった…………あったというか、紫乃の人格のベースはこちらの方で、生まれ変わり後の記憶は、この延長線のようなものだった。



 紫乃の生前の人生は、魔術師だった。それも、ありとあらゆる魔術を身につけ、世界最高峰の魔術師とまで謳われた存在だった。


 そんな彼には、とある友人がいた。その友人は自称・異世界からの転生者で、紫乃はその友人から様々な話を聞いた。


 ――曰く、異世界では魔術でなく“カガク”という技術が発達している。


 ――曰く、異世界では医療技術も進んでいて、魔術師でなくとも百近くまで生きる人は少なくなかった。


 ――曰く、異世界の食事事情は、彼の世界よりも遥かに豊富で栄養も多く、なにより美味しい。


 正直、友人以外に証人のいないその言葉ははっきり言って眉唾ものだったが、友人の言葉に従って紫乃が四苦八苦しながら作成した道具は確かに効力を発揮し、生活環境の改善、新たな治療法の開発、調理技術の発達など、歴史的な事業を為したことは事実だった(しかし念の為言っておくが、友人は若干あやふやな知識や助言を披露しただけで、実際に道具を作ったり技術を確立させたのは彼や周りの者たちである)。


 そして、紫乃は友人の話に仲間内で最も興味を持った。元の世界では探求心の赴くままにあらゆることに手を出し、研究し、追求してきた。そんな彼が異世界の存在に関心を示したのは、ある意味当然の成り行きであった。やがて、紫乃はどうにかして異世界に行く方法を探した。そして思いつき編み出したのが転生魔術である。


 何故そこで異世界へ渡る方法でなく生まれ変わる方法だったのか? 無茶言わないでほしい。当時の身体は魔術で若さを保っていたとはいえ、肉体的にそろそろ限界がきていたのだ。彼は世界最高峰の魔術師であると同時に、世界最古のおじいちゃんでもあった。ただし、精神年齢は結構外見に引っ張られていたので若かった。うん。若かったのだ。

 限界の近い体で異世界に渡航すれば、おそらく次元の歪みに体が耐えられない、というのが紫乃の見解だった。だから、紫乃はいっそのこと全く新しい体に生まれ変わって、身も心も童心に返ってみようか、と考えた。心は持ち越すので身体だけではあるが。


 しかし、この方法にはいくつか問題があった。主な問題の一つ目は、転生魔術に確実性がなく、実際に生まれ変わってみないと結果がわからないこと。


 二つ目は生まれ変わることに成功した場合、記憶や魔力を持ち込むことは出来るのか、ということ。


 最後に、そもそも友人の言っていた世界にピンポイントで生まれ変わることは出来るのか、ということである。


 一つ目は、もう仕方がない。出たとこ勝負で賭けに出ることにした。時には博打に身を任せることも重要である。結果は見ての通り。


 二つ目の方は、魔術に細工をし、魂に情報を焼き付けることで解決した。しかし、このせいで若干の範囲とは言え魂が歪み、向こうの世界で異常を惹きつけ易くなっている可能性がある。しかも、これで持ち越せるのは記憶と保存した魔力のみである。新しい体に魔力製造器官がついていないと魔力を生成することが出来ないので魔力の回復は不可能。カガクが発達した世界だろうから、大気中に魔素も漂っていないので取り込むことも出来ない。魔力は使い捨てと考えていた方が良い。


 結果、記憶と魔力を持ち越すことには成功した。したのだが、問題が発生した。記憶の方は数日知恵熱を出し寝込んだこと以外に問題はなかった。問題は魔力の方である。


 先程述べたとおり、紫乃の前世は異世界屈指の魔術師だった。つまり、肩書に見合うだけの魔力を持っていたのである。歳を重ねている分、常人の何倍、何十倍の量を誇っていた魔力を魂に貯蔵した。その時はただひたすら何があっても困らないようにと己の最大量を注ぎ込んだ気がする。しかし、彼も子供の時は常人とそれ程差は無く、ついでに言うと、彼の世界には己の許容量を超えた魔力を体内に溜め込んでいると発症する、魔力過多症というものがあった。


 何が言いたいか? つまり、まだ生まれて間もなかった紫乃はこの症状を発症してしまったのだ。


 魔力過多症は、多すぎる魔力に身体を圧迫され衰弱し、体が弱ければ死に至る可能性のある症状でもある。当然、魔力についての認識がない世界での医療機器が異常を検知できる訳もなく、何度も死にかけた。いやはや、当時の病院や親には多大な苦労をかけたものである。おかげで、なんだかんだで症状に抵抗して生き延びたあたりかなり丈夫な体のはずなのだが、周りからはいまだに病弱扱いされる。


 ところでこの症状、放っておけば被害は甚大だが、治す方法は意外に簡単である。体内の魔力が多すぎて発症しているのだから、その余分な魔力を体外に出してしまえばよいだけなのだ。本来ならば、何らかの理由で魔術の発動や魔力の発散が出来ない人が発症するもので、単体で発症することのほうが少ない。


 ただ魔力を発散しても勿体ないので、魔力を魔石に変換し、ようやく症状が治まったのは紫乃が三歳の時。不調に苛まれよたよた歩きで必死に術陣を描いていたのが懐かしい。いや、あの時は鬼気迫る思いで描いていたせいか、記憶の中のものの中でも幼子が描いたものとは思えないほどに出来が良かった。

 しかし、元々の魔力が膨大な分、魔石の数も多くなってしまった。おかげで、最小化や歪曲空間収納など、一応貴重な魔力を余分に使う羽目になってしまった。もし紫乃が前世の自分に出会ったら、無言でありったけの魔力を消費し、惑星破壊級魔術を放つだろう(しかし相手は一応異世界屈指の魔術師。多分防がれる)。


 最後は、望む世界に無事転生できるかということだったが、これは魔術での検索条件に“世界の理”への干渉を追加した。

 “世界の理”は各世界ごとに存在する理や摂理を記録したものである。大部分は大体どこも同じだが(生物が存在する、時の流れ、生死の有無、大地や海など)、細部が異なる。例えば、前世の紫乃の世界では“魔術”、“獣人”などが存在していて、自称・転生者の友人の世界であれば“科学”、“仮想電子世界”? というものが当てはまる。ちなみに、あくまでこの干渉は“世界の理”を覗くだけのものであり、手を加えるということなどはしない、というか出来ない。できたらそれこそまさしく神の所業である。


 ただし、この方法でも該当する世界を抽出するだけで望む世界を選べたわけではない。

 まず条件を満たす世界をチョイスするだけなので、ピンポイントで世界を選べるのは、実際にその世界を訪れ、世界座標を把握している者ぐらいである。

 ただ、別に紫乃は科学が発展している世界であれば友人の世界でなくともよかったので、そこらへんは拘らないことにした。


 残る諸々の課題点をクリアし、ようやく出来上がった転生魔術は我ながら文句のない出来だった。さすがに何かで記録に残しておくと危ないなあ、程度の事は考えたので、他のこれ、後世に残したらマズいよなあレベルの魔術と共に頭の中にだけに留めて、残りのメモとかは処分し、まあ残しといても問題ないよなあレベルのものを弟子たちに与えた。まあそのレベルでも弟子たちは苦労するだろう。なんせその場で思いついた構成を書き殴ったものがほとんどなので、手順などもしっちゃかめっちゃかにしか描いてない。そのせいで何度弟子に叱られたことか。

 そういえばその弟子はいつか自分の力で転移魔術を創り出して紫乃に会いに行くと意気込んでいた。微笑ましい気でソレを眺めながら前世の紫乃が考えていたのは…………、


(そういえば、渡した魔術の資料ん中に一部そのまま応用すると大分楽に出来上がる構成混じってたよなー。……面白そうだし黙っとこう)


 であった。

 まあ師匠からの弟子への最後の試練ということにしよう。と言い訳し、結局最後までヒントすら与えずに弟子たちと元の世界を後にした。





 思考を現在に戻し、改めて自分の状態を見つめ直す。

 やはり予想通りこちらの世界の身体に魔力生成器官はついていない。大気中にも魔素は漂っていないので、魔術そのものの理が存在しない世界なのだろう。しかしその割には、魔術や魔法をモチーフにした漫画や物語が存在したり、友人は昔から憧れていたと大興奮していたし、いろいろおかしな世界だ。



「紫乃~~、ご飯できてるわよ~。具合悪いの~~?」



 おっと。思考に耽り過ぎていたらしい。慌てて姿見の傍の小机に置いてある、小さめの魔石に紐を通して作った簡素なペンダントをひっつかむ。それを首にかけて服の内側に入れながら階段を降りると、キッチンに母親が、朝ごはんが置かれたテーブルにはすでに父親が席に着いていた。


「おはよう、父さん」

「おはよう。今日はいつもより遅かったね、具合でもわるいのかい?」

「ううん。大丈夫だよ」

 ちなみに、父親もどちらかと言えば女性寄りの柔和な顔立ちなので、この夫婦から男らしい顔立ちが産まれるのは難しい。そして、母親は若干きつめの顔立ちなのでこれでも紫乃は父親似なのである。

「父さん、てれびをつけていい?」

「ああ、いいよ」

 テーブルに置いてあるチャンネルを掴んで、少し離れているところにある薄型テレビに向ける。

 まともに動けるようになって、初めてまともに見た電化製品に、噂だけは散々聞きまくっていた紫乃は大興奮し、以来、朝最初にテレビの電源を入れることはすっかり紫乃の日課と化し、両親もそんな息子の様子を微笑ましく見ている。





 ――新しく始まった異世界生活。


 ――今のところ、まさしく順風満帆なスタートを切ったと言っても良い。



 多少過保護だが仲のいい両親。

 当初のハプニングはともかく、頑丈で健康な体。

 何より美味しい料理! 母親が料理上手で良かった。

 そして、魔術とは全く異なる発展をした技術――“科学”。



 これ以上ない成功を収めたと思う。上記の点では。

 しかし何事にも、予測不可能なハプニングというものはつきものなのだろうか。















 ――――拝啓、自称・転生者の友人よ。









 テレビには天気予報のの後、最近のニュースが映っている。


『次のニュースです。一昨日の地震で発生した土砂崩れにおいて…………』







 ――お前、人は鉄の鳥に乗って飛ぶとは言っていたが、自力で飛んだり水を操れるなんて言ってなかったじゃねーか!!





 テレビのニュース画面の映像には、何かの制服を着た少年少女達が土砂崩れにあった土地の上空を飛んだり、水や炎を器用に操って災害救助をしている姿が映っていた。

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