妖怪少年と三つ巴
妖怪少年、鵺は見た。鬼が島の惨状を。
鬼が島はその名の通り、二本の角が生えた鬼が海がから大口を開けて顔を出したような島である。遠目からみると、鬼が砂と海を飲み込んでいるように見える島だ。
鵺はまず砂浜から見える、鬼の目の部分に向かった。
「ここ、どこだろうな~…。まさか鬼が島だったりして。アハハ…んなワケないか。」
そのまさかである。
鵺は猫と別れて家に帰ろうとしたのに、何故か鬼が島に来てしまっていたのであった。鵺の記憶では猫と別れた後草むらに分け入り、途中で会った村に住む友人をからかいながら家路に着いていたはずなのだ。何故自分はこのような孤島にいるのだろう。鵺は頭を傾げつつ、岩場を進む。
「うぇ~んうぇ~ん…」
「お母ちゃーーーん!」
「うぅっ、し、死ぬっ。はやく解毒剤を……ガクッ」
「ぎゃぁぁぁぁああああ!!お化けがっ、お化けが追い駆けてくるーーー!!助けてくれーーー!!」
登っていた岩場の階段とそれに続く洞窟の小部屋で、阿鼻喚叫のよくわからない光景が広がっていた。母を求めて泣き叫ぶ鬼の子供や鬼の赤子に、口からヨダレやら血やらあらゆる体液を吐き出して助けを求め、ついには力尽きるガリガリの鬼。何を見ているのか錯乱して棍棒をしっちゃかめっちゃかに振り回す黄色い鬼。その他にも地面に屍よろしく大勢の鬼の死骸――まだ全員死んでないが――が転がっていた。
「も、ももまんおくれ~…ももまんおくれよ~…」
子ども化した目のうつろな鬼に服の裾を掴まれる。この鬼、明らかにラリっていてヤバい。
「悪ぃ。俺はももまんどころか食料をヒトカケラも持ってないんだ。他をあたってくんな!」
急いで丁寧に鬼の手を引きはがす。が、次は別の鬼が、鵺の細い薄汚れた腕を掴んできた。
「かあちゃ~ん!おら、おらなして小っちゃくなっちまったダカーーー!?」
この鬼、目が見えていないようだ。焦点があっていない。鵺はこの鬼の手も苦労して引きはがす。
「俺はお前のかあちゃんじゃない!!俺は男だ!!小っちゃくなった理由など知りたくもないわっ!!」
鵺はこれ以上関わっていられないとばかりに大急ぎで走り出した。
「かあちゃ~ん」
「おかあちゃ~ん」
「鬼子母神様~…」
「かあちゃー…ん」
「「「「「おいて行かないでぇぇぇえ~~……」」」」」
それを鬼どもは集団となって、幽鬼のようにゆぅらりゆらりと追いかけてくる。
「なにこのホラーー!? 俺は鬼子母神でもあんたらの母親でもねーっつうの! 俺は鵺! 妖怪鵺なんだよーーー!!」
鵺は叫びつつ、必死に足を動かして階段を登り、頂上を目指す。
「あはははは…」
「きゃはははは…」
「しはははは…」
「きしゃしゃしゃしゃしゃ…」
「ふふふははあはははは」
「逃ィィげぇぇてぇぇも無ぅぅ駄だぁよぉぉぉ…」
異常をきたした鬼どもは、一級ホラー映画ばりの怖さで鵺を追い掛け回す。
「ぎゃーーーーー!!!く、来るなーーーーー!!!」
鵺は最初に目指した鬼の目の場所まで来た。
「しめたっ! あそこに飛び込もう!」
後ろから襲いくる魔の手をかいくぐり、鵺は洞窟に飛び込んで観音扉を閉め、閂をかける。そして近くにあった椅子や机などでバリケードを気づきあげた。
ドンドンドンッ
「あけろぉぉぉ…」
ドンドンドンドン…
「あけてくれぇぇぇ…」
ドンドンドンドンッ…
「あけろよぉぉぉ…」
閉めた扉の反対側から、幽鬼たちの声と扉を破ろうとする音が…――
鵺は耳をふさぎ、辺りを見渡す。
「わぁ…!」
鵺は見た。金銀財宝、光り輝くお宝の山を。
洞窟の奥にうず高く積みあがる金の延べ棒、金塊、杯、銀の匙、銀の水差し、絹の布束、桐の箱、武具の山、小判の山などが足の踏み場もないほどたくさんあった。
一番興味の出た武具の山に近寄って、手に取り確かめようとしたその時、
「!?…マジで?」
派手な破壊音と共に、幽鬼たちが防衛線を破って侵入してきた。
幽鬼たちは鵺の姿を認めてニタァ…と口が裂けたように嗤う。
「「「「みぃつけたぁぁ……」」」」
「ぎゃぁぁぁぁああああああ!!!!」
鵺は一目散に走りだす。入って来た入口は幽鬼どもの群れに塞がれている。ならばどうするか。答えは二つ。別の入口を探すか作って逃げ出す。もしくはあの(・・)幽鬼どもを撃退して堂々と入口から逃げるか。答えは二つに一つ。
「やるっきゃねーだろっ!!」
武器の山から丈夫そうな大刀を手に取り、妖力をそれに込めて幽鬼どもに投げ飛ばす。
「きしゃぁぁぁあああ!!!」
簡単に弾き飛ばされた。
「(やっば。これ、詰んだかも)」
それどころか幽鬼どもが一斉に襲い掛かってきた。
鵺はそれを躱して避ける。火事場の馬鹿力も借りて渾身の力で近くの壁を破壊した。
「あっかんべー!」
地団太を踏んで悔しがる鬼ども。鵺はまだ追い駆けてくる幽鬼どもに内心ビビりながら、必死に足を動かした。
鵺が幽鬼と化した鬼どもから逃げ、二つ目の鬼の目の洞窟に差し掛かった時だった。
「あんれ? 鵺だ~。なに、お前帰ったんじゃなかったの?」
鵺は鬼が島に行ったはずの親友を見つけた。
「猫! ちょうど良かった! 頼むからあいつ等をなんとかしてくれ!! 死ぬ気で逃げろ!!」
何故か白い袋を肩に担いだ猫に頼みごとをし、逃げる。
「アレ?…って、なに厄介なモン引き連れてきてんだよォーーーー!!」
猫は鵺の手を引っ掴み、洞窟に引っ張り込んで、幽鬼どもにももまんを投げつけた。
「これでも喰らえぇぇぇーーーー!!!」
「「「ももまんだぁぁーーー!!」
幽鬼たちは盲目的にももまんに飛びつき、そこ此処で取り合いが起きる。そしてももまんを食ったものはそのまま倒れ込んでしまった。
「ね、猫さんや。いったいおまはんは何を食べさしたのですか?」
「眠り薬ですがなにか?毒でも麻痺薬でも神経毒でも良かったんだけどね。眠り薬にしんだよ。なにか文句ある?」
「い、いえナニモゴザイマセン。」
鵺は思った。幽鬼よりも鬼よりも、この親友が一番怖いんじゃないか――…と。
キィィン――と金属同士がぶつかり合う音がして、前をみると怒り狂った桃太郎と赤鬼が戦闘していた。
「オォォマァァエェェがボクのももまんをォォォ!!!!」
「だから違うと言っとろうがっ!!青鬼も何故俺に向かって攻撃してくるんだ!?」
「チッ、外れたか。大丈夫だ。今度こそその坊主の首を飛ばしてやるからな。覚悟しろ赤鬼ィィィ!!!」
「それ違うっ!!それ俺の首ィィ!! お前結局俺の命を狙ってきてるんじゃねーかァっ!!」
「そんなことはない。この意地汚い赤鬼が。一族の恥さらしをこの俺様が塵に帰してやるのだ。ありがたく思え!!」
「ボクの桃まんかえせぇぇぇーーー!!!」
「どわぁぁ!!ちょ、二人とも止めろってっ!おわっ、おれ死ぬっ!!マジ死ぬっ!!」
「死ねぇぇぇ!!!赤鬼ィィィ!!」
青鬼は桃太郎が攻撃する隙間を狙って赤鬼を攻撃し続け、赤鬼はぎゃーぎゃー騒ぎながら金棒を振り回し、刀を躱し、突っ込みを入れている。
「何この状況。」
「カオス!」