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シエル

「いらっしゃいませ。……おや?」

 穏やかな声と笑顔に、久しぶりだと凜子は思った。そんなに時間がたった感覚はなかったのだけれど。

 凜子は今、聖堂(ひじりどう)

 シエルと出会った場所に来ている。

「お久しぶりですね。何かありましたか?」

 長い髪と着物姿が変わらずよく似合う店主は、椅子をすすめながら凜子に問いかけた。凜子は頭を下げてすすめられた椅子に浅く腰を掛ける。

「はい。これを、お返ししたくて…」

 凜子は指輪を見せた。本当は外したかったのだが、やっぱり何をしても指輪は凜子から離れてくれなかった。

「お気に召しませんでしたか?」

「いえ。そうじゃなくて…私にシエルはもったいないです。だから…他にシエルを必要としている方に…」

 店主は凜子の言葉を遮るように、小さくため息をついて首を横に振った。

「それは無理です」

「どういうことですか?」

 凜子の問いかけに店主は答えず、指輪の上に手をかざし凜子が聞いたこともない言葉で何かを唱えた。

 すると、驚く凜子の前で指輪が一瞬輝き、そしてすべての色を失った。

「シエルはこの中ですよね?」

「は、はぁ…昨日からずっと」

 昨日、あれからシエルは何も言わずに泣きながら指輪の中に引きこもってしまった。小さな体が震える様子に凜子も何も言えずに、そのまま朝を迎えた。

「良かった。確認するのをうっかりして閉ざしてしまったので少し焦りました。シエルには少し中にいてもらいましょう。私は貴女と話がしたいです」

 首を竦めて店主は笑った。それから、店主はゆったりと椅子に座り凛子を見た。

「さて、何から話しましょうか?」

「は?」

「あ、そうそう。その前にお茶を入れましょうね。おいしいお菓子もありますよ」

 本当に話をする気があるのか、店主は鼻歌混じりにお茶を入れてくれた。

 店主の入れてくれたお茶の香りが店の中に広がる。木の香りと混ざったそれを凜子大きく吸い込んだ。

 凜子が一口お茶を飲むと、店主は優しく微笑み再び椅子に座る。

「最初に、私が言ったことを覚えてますか?」

「最初?」

「はい。この店のものは、買い手の方の心によって選ばれて行きます」

 あ……確かにそんなことを言ってた。

 凛子は指輪をつけた日のことを思い出す。それを察した店主が満足げに頷いた。

「私の言いたいことが分かりますか?あなたは自分の意思でそれ、つまりシエルを選んだのです」

 私の意思?

「この聖堂には、様々なものがあります。歴史あるものに宿る力です。シエルのような妖精、もののけの類い、神から加護を授かったもの…それと後は、情念のこもったものもありますね。血生臭い記憶を持つものとか。良くも悪くも人間の欲を満たすもの達です」

 まるでおとぎ話か何かを聞いている気分にさせられる。でも、この不思議な雰囲気を持つ男が言葉にすると当たり前のような気にさせられるから怖い。

「そんなものの中から、貴女はシエルを選びました。もう長い間誰にも見向きもされなかったあの子を選んだことは、私も正直驚きましたけど」

 思い出している店主は本当に楽しそうに笑った。

「あ、あの…」

「はい?」

「シエルは…一体何なんですか?」

 自分の意志で選んだシエル。でも、なぜ自分がシエルを選んだかさっぱり分からない。

 しかし店主はその顔に爽やかな笑顔を浮かべ、「さて、何でしょうねぇ」と言ったきり、お茶を飲んだり語りかけてくる骨董品に返事をしたりする。

 凜子は考える。

 シエルの持っているもの。シエルのことを。

 柔らかいプラチナブロンドの髪。

 確かに綺麗だとは思うけど、それが欲しいわけじゃない。第一、指輪を付ける前はシエルの姿を見てなかった。

 青磁色の瞳と、白い肌、愛らしい容姿。

 これも違う。

 じゃあ、羽?

 子供じゃないんだから、飛びたいとも思わない。

 小さくなったり大きくなったりすること?

 メイド?

 友人?

 恋人?

 下僕?

 どれも違う。そんなことじゃない。

 思考の渦に落ちていきそうな凜子を見つめていた店主は、クスクス笑いながら「ヒントです」と言った。

「そんなに難しく考えないでください。そうですね…貴女はシエルの何が好きですか?」

「シエルの好きな所、ですか?」

 シエル。

 もう一度、凜子はシエルを思い出す。小さな体と羽、一緒に生活してみて感じたこと。

 何でも一生懸命で、時々ドジッ子で、凜子がからかうと顔を真っ赤にして怒ったり、甘えてきたり。でも実は凜子が甘えてたり。

 シエルといると楽しいことしかなかった。シエルが笑うと嬉しかった。

 笑うと……。

 私が好きなところ。シエルの…。

 あ、と凜子は小さく声を出した。

「………分かりましたか?」

「笑顔…」

 あの花が咲いたような笑顔が好きだ。いつでも、自分だけに見える、自分しか見ることのできない笑顔。

「それだけですか?」

「え?」

「あの子の笑顔は可愛いでしょう?私もあれの笑顔が大好きです。まぁ、もっとも私はあの子をからかってしまって怒らせるし、私に対しては本当の笑顔は見せてくれませんが」

「本当の、笑…顔」

 凜子がつぶやくように繰り返すと、店主は大きく頷く。

「もう、お分かりでしょう?貴女はシエルの本当の笑顔、その中に何があるのか」

 店主の目が細められる、穏やかに優しく、諭すように。

「あ、私は一つ貴女に言い忘れてました」

「え」

「シエルの特技はご主人様に従順なこと、これはシエルをお渡しするときに言いましたね。あともう一つ。…シエルは愛情と信頼の妖精です」

 これが、貴女がシエルを求めた理由ですよ。

 店主は今日一番の笑顔でそう言った。

 

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