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友達と恋人?

「…凜子様」

 シエルは何とも言いにくそうに凜子を呼ぶ。

 凜子は聞こえないふりをしながらニヤニヤ笑っている。

「………り、りん…こ、さん」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

 沈黙が過ぎ、我慢ならなくなったシエルが懇願した。

「お願いです姫!!僕にはやっぱり無理なんです!!!」

 顔を真っ赤にして半泣きになっているシエルは両手を合わせて凜子に泣きつく。

 その様子に凜子は噴き出した。

「もぉ、それじゃダメだって言ってるじゃない」

 散々笑った後でもまだ、笑いを引きずりながら凜子はシエルを手のひらに乗せた。

「だって、ご主人様を呼び捨てになんてできません」

「ご主人様なんて思うからいけないのよ。私とシエルは友達でしょ?」

「う…………」

 先日、シエルは凜子の友達になると約束をした。

 呼び捨てにする、敬語は禁止、思ったことは言う、何でも言うことを聞かない。

 普通ならたやすいことでも、人に仕えて来たことが全てだったシエルには初めてのことで、とてもじゃないけどできそうにないことだった。ここ数日は、名前を呼ぶように凜子に言われて、努力はしているが、どうしても呼び捨てなんて高度な技はできない。そしていつも凜子に泣きついて許してもらっている。

「もう、こんなんじゃ友達になんてなれないよ。でも、困ってるシエルは可愛いから良いか」

「可愛いなんて…」

 シエルはぐったりした様子で呟いた。

「ははは。ご飯にしよう。今日は天気がいいから、食べたら散歩に行こうか」

 凛子はキッチンに向かう。

 シエルとの生活もすっかり慣れた。人間と妖精はなかなかうまくやっていけるものだと自分で感心してしまう。

 相変わらずシエルはハウスキーパー状態だが、最近はなにも言わず家事を手伝ってくれる。

 そして凛子は会社で変わらないいじめを受けているが、それに関して二人は何も話さない。

 家で会社の話をしたくない凛子と、凛子が話をしてくれるまでは聞かないと決めているシエルとの暗黙のルールみたいになっているからだ。

 休日の日も、凛子は誰かに会ったりしない。携帯も持ってはいるが、メールや着信があったのをシエルは知らない。本当に誰とも付き合いがない。

 この間、泣いていた凛子は何か苛まれているようにシエルには見えた。

 それは会社のことではなくて、他の、もっと辛いことがあったんだとシエルは感じている。しかし無理に聞くのは出来ない。したくない。

 だからシエルは気になりながらも踏み込めないでいた。

「シエル?」

 フライパン片手に凛子が呼ぶ。シエルは我に帰りニコッと笑った。

「何ですか?あ、お手伝いですね」

 青磁色の瞳が細められ愛くるしい。凛子はすっかりシエルの笑顔が大好きになってしまっていた。

 凜子は家でなら、よく笑うようになった。シエルの存在が凜子の笑顔を引き出している。

 それに関して、シエル自身は自覚がない。だた自分の大好きなご主人様が笑っていることが嬉しかった。

「さぁ、食べよう。いただきます」

「いただきます」

 二人仲良く手を合わせて挨拶をする。

 外は今日もよく晴れた良い天気だ。





「姫、ここからの眺めはとても綺麗ですね」

 シエルは太陽に羽を煌めかせてにこにこと笑う。二人は自宅から電車で二駅ほどの高台にある公園に来ている。

 シエルのプラチナブロンドの髪も羽に負けないほどキラキラと日差しを反射させて、ふんわりと風になびく。凜子は景色よりもそちらに目が奪われてしまっていた。

「シエルの髪の毛は本当に綺麗だね」

「…そうですか?姫が気に入ってくれているのなら嬉しいです」

 照れくさそうに、白い頬を染めてシエルは笑った。

「でも、姫も綺麗ですよ」

「え?」

 凜子の肩にふわりと止まって、シエルは小さな手でそっと頬に触れた。

 間近に見えるシエルはドキッとするほど大人びた顔をしていた。凜子は妙に恥ずかしくなって視線を泳がせる。

 その時、少し離れた場所に高校生くらいの男女の姿が目に入った。

 仲よさそうな雰囲気に思わず凜子の顔も笑む。

「どうかしましたか?」

 シエルもその視線の先を見つめ、「あぁ」と納得したように微笑んだ。

「良いよね、ああいうの」

 自分にもあんな時があった。何も知らない純粋で楽しかった時期が。

 たった数年しかたっていないのに、凜子は自分がとても遠いところに来たような気持ちになる。

「…………戻りたい」

 無意識に出た言葉に、シエルは少し考えて突然姿を消した。

「シエル?」

 凜子はキョトンとして周りをぐるりと見渡した。でも、姿を消されては探しようもない。

「シエル、どこにいるの?」

 小声で凜子は数回呼ぶが、周りは静かで何の反応もない。

「何かあったのかな…」

「姫」

 突如、声が聞こえ凜子は後ろから手を握られた。その聞き覚えのある声と、初めての大きな手に驚いて振り返る。

「シエル…」

「はい」

 にっこりと笑ってシエルは姿を見せた。それも大きくなって。

 凜子よりずっと高い位置にあるシエルの髪が太陽に透けて輝いている。青磁色の瞳が優しげに細められて凜子を見下ろしていた。しかも、前のように着物でもスーツでもない、シンプルなシャツとデニム姿。それがシエルのバランスのいい体を引き立たせている。

「な、ななな…なんで…」

 凜子は何をどう言って良いか分からない。だた、口をぽかんと開けて目の前の綺麗な顔を見上げることしかできなかった。

 これは、目立つ…目立ちすぎる。

「なんで、そんな格好なの?」

「あれ、変ですか?さっき見かけた方の服装を参考にしてみたんですが…」

 自分の体を見下ろしながらシエルは不安そうに眉を寄せる。

「そういう問題じゃなくて、なんで大きくなってるのかってこと」

「あぁ、そのことですか。僕も楽しみたいなって思ったんです」

 花が咲いたような笑顔でシエルは言う。

「楽しむ?何を…」

「姫と、あんなことしたいんです」

 指さす方には先ほどに高校生風の男女の姿。芝生に座って楽しげに会話をしている。

「話がしたいってこと?」

「大きく言えばそうですね。たまには外で話すのも素敵じゃないですか?小さな僕だとそうはいかないですもん」

 ね?と首を傾け同意を求めるシエルの表情は色っぽい。

 やっぱり、大きいシエルは落ち着かないかも…。

 凜子はそわそわしながらもシエルと過ごす初めての外に、ワクワクもしている自分を感じていた。

「…じゃあ、何をする?」

「そうですね、まずは歩きましょうか?広い公園ですし、花もたくさん咲いてるみたいですよ」

 シエルは凜子の手をきゅっと握りなおした。凜子の指を自分の長いそれに絡めるようにして。

 温かい他人の感触に凜子の心臓は一気に高鳴った。こんな風に誰かに触れることも、触れられることも久しぶりだ。羞恥心が一気に湧き上がり、凜子は歩き出そうとするシエルを引っ張って止めた。

「ちょ、シエル…」

「はい?」

「あ、あの、なんで…こんな手のつなぎ方…」

 しどろもどろになっている凜子に、シエルはクスっと笑う。こんな凜子は初めて見た。

「さっき、駅で見かけた男の人と女の人がこうやって手を繋いでました。違うんですか?」

 それは、きっとカップルなんだよ…。

「好きな人同士がする方法だよ」

 恥ずかしくて凜子は真っ赤になってしまう。でもほどいてしまうにはあまりにも心地いい。少し、絡めた指をほどきギリギリのところでシエルの感覚を確かめる。

「じゃあ問題ありません。僕は姫が大好きですから」

「え…あの、そういう意味の好きじゃなくて…」

「それとも、姫は僕が嫌いですか?」

 前にも同じことを聞かれた。それは小さいシエルの姿で。で、今は大きいシエル。

 憂いを持った大人の顔は、小さい時よりも破壊力が大きい。

「嫌いじゃ…な、い」

 自分の心臓がうるさすぎて、凜子はまともに考えられない。小さな声でうつむきながらそれだけを言うのがやっとだった。

「良かった。じゃあ…」

 シエルはそこで言葉を切り、ぐっと決意したような顔をする。不思議に思って凜子が見つめていると、

「行こうか、凜子」

 少しぎこちな口調ではあったけど、シエルは初めて、ようやく、凜子と呼んで言葉づかいも違うものになっていた。

「シエル、今…凜子って」

「…頑張って…みた。今日は、ひ…凜子と普通に話したいから」

 シエルの顔が真っ赤に染まる。ものすごく頑張ってくれていることが十分すぎるほど伝わってくる。

「今日は、なんにでもなるよ。凜子が、求めるものに」

「なんでも?」

「うん…」

「じゃあ、この手…」

「え?」

「この手をずっとつないでて」

 一度ゆるめた手を、今度は凜子から絡め取った。シエルは目を丸くして、その後、少しだけ泣きそうな顔になって笑った。

 初めて、自分に弱いところを見せてくれたような気がして、シエルは嬉しかった。

 凜子との距離が縮まった、そう思えた。

 もう、友達でも、恋人でも、何でもしよう。今日この人が思いきり笑って楽しんでもらえるように。

「うん。じゃあ歩こう」

 歩く二人の姿は、ほほえましくてどこからどう見ても恋人のようだった。



 

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