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「姫」

 シエルは満面の笑みで凜子の周りをくるくると回る。羽音は涼やかな音を出し、きらめく羽は単純に綺麗だった。でもこれを現実と受け入れるにはあまりにも非現実的だ。

「姫?具合でも悪いのですか」

 あなたのせいだよ。

 思わず口から本音が出そうになって、凜子は慌てて口をつぐむ。それから盛大にため息をついてシエルに向き直った。

「あのさ…。あなたはどうしてここにいるの?」

「どうして?僕は姫の妖精になったんです」

「私の?いつ?」

「昨日です」

「なんで?」

「姫が指輪をつけてくれたからですよ」

 指輪は右手の薬指にある。凜子はそれを外そうとしたが、どうにもこうにも外れない。

 まるで自分の体の一部にでもなったかのようだ。

「なんで外れないの!?」

 布団の上でもがきながら指輪と格闘する。でも1ミリも動いてくれない。それどころか指輪周辺の皮膚が赤くなって痛みすら伴う。

「はぁぁぁぁぁ…」

 いい加減バカらしくなって凜子は諦めた。

「で、私はあなたをどうしたらいいの?」

 恨めしそうな視線でシエルを見る。

「どうしたら?なんでも言いつけてください。僕はあなたの言うことならなんでもします」

「じゃあ、私からこの指輪を取って」

 凜子の言葉にシエルは驚愕し、その愛らしい瞳に涙をためた。

 涙は瞬く間に溢れ出し、ポロポロとシエルの頬を伝って落ちていく。

 精巧な人形のようなシエルの顔が涙を流す様子は、庇護欲を煽られた。凜子はとんでもない大罪を犯してしまったような気にさえさせられる。

「僕のことが、お嫌いですか?」

「え?」

「僕が嫌いだから、姫はそんなことを仰るんですね」

「え、いや…そういう問題じゃなくて」

「僕は姫に会えてうれしかったけど、姫はそうじゃなかったんですね…」

 なんか、私がすごく悪いことをしてる?なんなの、この展開…。

 目の前では得体のしれない不思議な生き物が泣いている。しかもその姿はとてつもなく綺麗だ。

「あの…シエル?」

「僕…聖堂(ひじりどう)に帰ります」

「帰る?」

 昨日の店のことを言っているの?あの変な…いや、不思議な店のことを思い出してみる。

 長い髪の毛が綺麗な和服の男。笑顔で結構ひどいことを言っていた気がする…。

 焼いてしまうとかなんとか。

「帰ったら、どうなるの?」

 凜子の言葉に、シエルの目から大粒の涙が一気に溢れた。

「たぶん…僕は焼かれてしまいます」

「それはだめでしょ!」

「でも、僕は役に立たない妖精なんです。だから600年も誰にも買われずにいました。ほかの妖精たちはどんどんご主人様が決まって行くのに。僕はそれを見送るばかりで…」

 そこで言葉を切り、シエルは凜子を見た。

「だから、姫に会えて嬉しかったんです」

 だめだ、やられた…。

 こんなに可愛い顔をしてそんなことを言われたら、店に帰れと言えるものか。

 凜子はぐったりして項垂れた。

「もういいよ、シエル。あなたを帰したら私すごく嫌な人になるじゃん」

「え?」

「…だから、ここにいてもいいよ。指輪を外せなんて言わないから」

 凜子の言葉を聞いて、シエルはぽかんとした。少しして脳に意味が伝わったのか、シエルの体がピンク色に輝いた。

「やったぁー!」

 先ほどよりも一層凜子の周りをくるくる回って喜んでいるシエルを見ていると、たった一言をこんなに喜んでくれていることが凜子も嬉しくなった。

「それにしても、あなたをどう扱って良いか分からないなぁ…」

「なんでもしますよ。ご飯も作れますし、お洗濯、お掃除」

「いやいや、それじゃただのハウスキーパーじゃない」

 凜子の言葉にシエルはうーんと考え込んだ。

「じゃあ、夜伽を…」

「バカ!」

 何てこと言うの!?

 凛子は真っ赤になり言葉をなくした。一方シエルはキョトンとしてなぜ怒られたかも分からない。

「そんな可愛い顔して似合わない言葉を言わないで。だいたいそのサイズで何ができるの?」

 凛子の言葉に、シエルはパッと笑顔になった。

「僕、大きくなれます!!」

 言うが早いかシエルは体を輝かせて見えなくなった。

 本日二回目の驚きと共に凛子の目の前に形が出来上がっていく。

 プラチナブロンドのサラサラとした髪の毛と青磁色の瞳は変わらないが、顔立ちは大人っぽくなって、何よりもサイズが激変した。

 すらりとバランスの良い体は凛子よりもずっと高い。

 どこからみても、立派な男性になっていくシエルを、凛子は呆然と見ていた。

「これでどうですか?」

 可愛かった声も、大人っぽくなって低く、艶さえ含んだようなものになっている。

 しかし、なぜか着物を着ている。どう見ても、外国人観光客が着物を着てみました的な雰囲気が面白くて、凛子はクスクス笑ってしまう。

「何か変ですか?」

「だって、着物って…」

「あ…聖堂のご主人がいつもこの格好で…つい。それじゃあこうします」

 再びシエルが光に包まれる。

 次に現れたのはカッチリしたスーツ姿だ。

「この間、お店に来たお客様がこんな格好をしてました。いかがですか?」

 凛子は目を奪われて何も言えない。

 これはこれで格好良すぎるよ。まるでモデルだ。

「姫?」

 ベッドに腰かけている凛子の顔をのぞきこむ。青磁色の瞳が至近距離になり凛子は我に返った。

「あ、うん…いい、と思うよ」

「本当ですか?良かったぁ。姫に喜んでもらえたら僕も嬉しいです」

 弾けるような笑顔は、小さいときのシエルと同じだった。でも、やっぱり大きなシエルは綺麗すぎて落ち着かない。凛子はとりあえずシエルに元に戻ってもらうことにした。

「大きい僕はダメでしたか?」

 少ししゅんとしてシエルは元に戻った。

「そういう訳じゃないけど、今は大きくなる必要ないでしょう?」

「そうですか?大きい方が何かと便利だと思うんですが…いつでもなれますから言って下さいね」

「う、うん。ありがとう。今日は仕事も休みだし、とりあえず朝ごはん食べようか」

 凜子は大きく伸びをしてベッドから下りた。窓の外は良い天気だ。

 とりあえず、掃除して布団干して、それから買い物にでも行こう。

 キッチンに向かいながら今日の計画を立てる。シエルはその後ろをフワフワと追いかけて来る。

 冷蔵庫にあるもので適当に食事を作り始める。自炊もこの一年ほどでかなり上達した。

「姫は手際がいいですねぇ」

 シエルは感心したような声を出した。

「私なんて普通だよ。それにしても、なんで姫って呼ぶの?」

 姫なんて、正直恥ずかしい。

「僕の前のご主人様が、女性には姫と呼べと言ってました」

「前のご主人様?それって、どんな人?」

 って言うか、いつの時代?

「貴族のお嬢様でした。赤毛の綺麗な、すごくプライドの高い…僕、よく怒られました」

 恥ずかしそうに頬を赤く染めてシエルは笑う。

「怒られた?」

「はい、僕は要領が悪くて、ご主人様の望むことがなかなかできなくて…でも、最後は優しかったですよ」

「シエルと、そのお姫様は、どうして離れたの?」

 凜子の言葉に、シエルの顔が曇る。影が落とされたシエルの顔も綺麗だ。

「姫は、病気で余命が残りわずかでした。だから、僕にしたいことをさせてくれと願いをかけました。僕は姫が望むことを全て叶えて差し上げたくて…本当は病気を治して差し上げたっ方のですが、妖精は人間の命を操ることはできません」

 昔を懐かしむシエルは少し涙ぐんで笑った。

「僕たち妖精は人間のみなさんよりもずっと長生きですから、どうしてもお別れの時は来ます。それは仕方ないことなんです」

「そうなんだ」

 凜子はシエルににっこり笑う。

「でも、私はまだ死んだりしないから、シエルとは長い付き合いになりそうね」

 凜子は自然と言葉が出ていた。この小さくて不思議な生き物と一緒にいることを、自分でも受け入れてしまったのか?正直びっくりする。

「ひ、姫えぇぇぇっ!」

 シエルはくしゃくしゃの顔になって凜子に飛びついた。ワンワン泣きながら凜子の頬に自分の頬を摺り寄せた。

「シエル、ちょっと!くすぐったいよ」

 凜子はシエルの柔らかい髪の毛と滑らかな頬の感触に思わず笑った。

 なんか、久しぶりに笑った気がする。誰かと気を張らずに話したのも、最近はなかったな。

 小さな妖精ではあるが、凜子にとってはこの町に来て初めて気を抜いて話ができる相手だった。

「じゃあ、これからゆっくり、仲良くなろうね。よろしくシエル」

 凜子の言葉に、シエルは花がほころぶようにかわいらしい笑顔を見せた。

 

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