第三話:女王
【容赦は復讐に勝る】
アピクテトス
今回の戦争は、ヴェナス王国と帝国の両国にかなりの被害をもたらしたかのように思えるが、実際のところ、やはりヴェナスが受けた損害の方が比率的には大きい。損害の量は同じとしても、十から一引くのと、千から一引くのとでは大違いだ。
だからと言って、帝国が受けた損害も低くはない。
帝国の勢力は、もはや天地を覆うほどになっている。だから、そこには一点の穴も許されない。だから――負けは許されないのだ。
帝都の中央庁、最深部。漆のような黒い岩で築かれた内部は、小さな音でも恐ろしいほどに響いた。そこに、元は堅牢な鎧で覆われていたであろう兵士たちが打ち捨てられる。そこは通称『黒の部屋』と呼ばれる。
「して、お主らに問うが――その有様はなんじゃ? まるで、敗残兵の様じゃの?」
「じょ、女王様」
「まあ、よいよい。楽にせよ」
その広い黒の部屋の中で、一人の女性の声がよく響いた。
白い髪に装飾過多と言われてもおかしくないほどの装飾を施し、絶世とも言えるほどの美貌を持っていた。ピラミッドのような形をした階段の上にある唯一の椅子に腰かけている。黒い部屋の中で一際目立つ紅い瞳は、傷一つない床に打ちのめされている兵士たちに向けられていた。
兵士たちは今回の『ヴェナス侵攻作戦』に参加し、敗走した兵士たちだ。その一人として無傷なものはいなかった。帝国に着いた時ですら、炎上した飛行艇で不時着したのだから。
彼らはなんとかこの場を取り繕うとして、必死にあの状況を説明する。
女王様と呼ばれた女性は、眉間に皺を寄せたまま、物理的にも精神的にも上から圧力を含んだ声をかける。
「ほぉ。そして、それに跨る少年とな。中々興味深い話しじゃ」
「わ、我々は、このことは帝国の存亡に関わることだと思い、是非に女王様のお耳に届けようと」
「よい、お主らの忠義、まことに大義じゃった」
女王は立ち上がると、真紅のドレスの裾を床に引きずりながら、一段一段床を降りていった。
その目もとには優しい笑みがこぼれていた。
「我が子よ。此度はまことによくやった。して、それにあたって今宵祭りを催そうと思うのじゃ」
「い、いえ! そ、そのようなことはしていただかなくても」
「よいよい。遠慮するではないわ」
女王は階段の最後の段を降り、床に跪いている兵士たちと同じ高さに降りったった。まさに、降臨とでも言うべきか。
十三の段を降りた女王は、兵士たちを見下ろしながら、笑ったまま言う。
「――血祭りじゃがの」
跪き、頭を垂れていた兵士がその言葉に顔を上げる前に、腐った果実のように頭を踏み砕かれた。そこから噴き出た脳漿と血液が女王の純白の髪を禍々しく染める。
悲鳴があげられる間もなく、暴虐はその状況を開始する。
彼女こそが、帝国の女王。一代で大陸の覇者に昇りつめた、真の覇王である。
「……ヒハッ♪」
「で、現状はどうなっておるのだ、キース」
衣類に付着した肉片などを払いのけながら、入口の隅に立っていた壮年の男性に声をかける。片眼鏡をかけ、ゆったりとした服を着たその姿は、所謂軍師というようなもので、神経質そうなその瞳は散乱した死体に向けられていた。
「女王陛下。ひとまず、死体をどうにかしていただきたい」
「相変わらず神経質な男じゃのぅ。ふん」
女王が階段を昇りながら後ろ手で軽く振ると、死体が炎上。灰すら残らず一気に蒸発した。
彼女はそのまま見向きもせず、浅く浅く玉座に腰掛ける。片肘をつきながら、再度キースと呼ばれた男に促した。
「どうなっておるのじゃ」
「どうもこうもありませんよ。まさかの大損害です」
「どのくらいじゃ」
「幼稚な表現をするとするならば、とってもたくさんです」
「なるほどのぅ。傾国艦隊が一つ潰れてしもうたのか」
「なぜあの会話でそれが分かったのかはわかりませんが、そういうところです」
ぬーん、と眉間に皺をよせながら唸る女王。
「損失は、補えるかの?」
「ええ、簡単です。まずは、王国の後ろ盾から奪いましょう」
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