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君のいる風景

side/A

作者: 蒲公英

side/Bとペアになります。

街中でよく似た人を見た。

それはまったくの人違いだったけれども、彼女もどこかであんな風に笑っていればいいなと

ベビーカーを押しながら歩く夫婦を見ていた。


僕はその年17歳で、彼女は27歳だった。

女の身体なんか触るのは初めてで、彼女が上から順に外してゆくシャツの小さなボタンだとか

足元に円形に落とされたスカートだとか、そんなことばっかりが記憶に残っている。

年上の大人の女―――

そんな言い方が良いのかどうかわからないけれど、彼女はまさしくそうだった。

やわらかな口調と優しい微笑みと。

僕はまだ恋と束縛の区別はつかず、ただただ彼女が全部欲しかった。

電話が通じないだけで他の誰かと逢っているのではないかと疑ったし

彼女が僕の言うなりに身体を開いてくれない時には、心が離れたのではとないかと思った。

ほのかな香水、あたたかな胸、甘やかな声も白い腕もすべて僕のものにしたくて

白い箱のような部屋に彼女を幽閉する夢想さえした。


彼女が彼女であるためには、過去も現在の生活も必要なのだと気がつきもせず

彼女の未来をせがんでは困らせた。

――恋は永遠ではないのよ。

理解するつもりのない言葉は、彼女が約束しないための言い訳にしか聞こえない。

彼女の僕を見る表情は少しずつ憂鬱になり、笑顔には影が落ちて行った。

茨のしげみに手を差し込んだかのように、掻き傷だらけになってゆくお互いを

僕の激情のせいなのだとはどうしても認めたくなくて

僕を受け止めきれない彼女がいけないのだと、責め続け追い詰めた。


彼女はひどく疲れた顔でテーブルの上に細い指を組み合わせながら

もう自由になりましょう、と言った。

――二度と問い詰めたり傷付けたりしないから。

僕の懇願に静かに首を横に振り、彼女は瞳を閉じた。

――自由になりましょう。私たちはふたりでは自由になれない。

やわらかな口調だけれど、凛とした拒絶だった。


どうしても逢いたくて、夜半に何度も見上げた部屋は、いつの間にかカーテンが替わり

僕の生活は彼女に出逢う前に色を変えながらも戻っていった。

心の中で彼女に語りかける癖をつけたまま。

大学生になったとき、新しい恋人ができたとき。

彼女がどこかで僕を思い出してくれていたらと思いながら。


僕の年齢に10歳足した彼女は、幸せな恋をしたろうか。

僕は今、年下の恋人と手をつないで、彼女によく似た人を目で追う。

あれはやはり恋だったのだ、そう確信して。

彼女の笑顔をもう一度見たような気がして、僕はやっと救われる。

もう、忘れてもいい。

お読みいただき、ありがとうございました。

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