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地獄の沙汰もバグ次第

作者: 佐藤 桂
掲載日:2026/05/15

 佐々木 まどか、23歳。 死因:橋からの転落死?


「フーン、で?なんで橋から落ちたの?」

 頭に2本の小さな角をはやしたお姉さんが、手に持ったペンをぶらぶらと揺らしながら、面倒そうに聞いた。まどかは座ったパイプ椅子の上で身じろぎ、答えた。

「強風に飛ばされた帽子を追いかけて手を伸ばしたらそのまま…です。」

「フーン、…。」

 可哀そうなものを見るような視線に耐えきれず、まどかは「ハハ…」と息をつくように笑って俯いた。


 そうなのだ。まどかは田舎の実家にお盆休みで帰省中、強い日差しの中散歩にでかけ、高さはあるが欄干の低い橋を渡っている途中に強風に帽子を飛ばされ、それを追いかけ橋から落ちたのだった。そして、気が付いたら、見たことのない河原に座り込んでいた。川向うはなんだか花も咲いているし、渡った方がいいような気がして、ふらふらと立ち上がった時、このお姉さんに声をかけられたのだった。


「ちょっとちょっと、まだ川渡らないで。あなた特殊案件だからこっちで話聞かせて。」

 お姉さんには5センチくらいの角が2本頭に生えており、上下黒のスーツを着ていた。


 まどかは話をするために、賽の河原にたつプレハブに連れてこられた。

 プレハブの中はガランとしていて、事務机が一つとパイプ椅子が二つ、数冊のファイルが入った棚が一つあるだけだった。勧められてパイプに腰掛ける。

 お姉さんの説明によると、ここは賽の河原で間違いなく、現在まどかは生死の境をさまよっている状態だそうだ。そして、まどかがそうなった原因が、地獄でたまに起こる「バグ」のようなものだったそうだ。なので、このまままどかを生かしたものか、死なせたものか、地獄管理局バグ?対策課で決めるのだとか。


「死ぬ人っていうのは寿命がきて死ぬんですよね?私は寿命がまだあるんでしょ?だったら死ぬのおかしくないですかっ?」

「だよね~。私もそう思うんだけどさあ。でも、中にはそのまま死なせてください、もう輪廻の輪に乗りたいです、って人がいるんだよね。そういう人は話を聞いて希望をきいてあげる方針で。」

「私は違いますっ」

「まあまあ落ち着いて、最後まで聞いて?まあ原因がバグの人にはさ、迷惑をかけたお詫びとして、ちょっとした願いをかなえてあげるってことにもなってて。なんでもきけるわけじゃないけど、なんかない?二重になりたい~とか、もっと鼻を高くしたい~、とか」

「私の顔見ていうのやめてもらえます?どうせ純和風顔ですよ!そういうお姉さんは洋風美人顔ですね!」

「あはは、後はほら、恋人がほしい、とか。きっかけ位はセッティングしてあげるよ?好きな人とかいない?」

 まどかは息をのんだ。いるのだ、もう長年片思いしている相手が。



 まどかは実家の近所に住む幼馴染の鈴木祥に子供のころから片思いをしていた。バレンタインにチョコを渡そうとしたこともあったが、勇気が出ず結局渡せなかった。今現在、祥は自身の家を継いで農家をやっている。大学生時代には友人の集まりで何度か顔を合わせていたが、社会人になってからは会っておらず、連絡もとっていない。お盆休みで帰省中の今が、祥に再会する数少ないチャンスだった。


「お、お願いします、ずっと好きな人がいて…」まどかはもじもじしながら言った。

「おっけ。じゃあきっかけ1個作って生き返らせてあげる。がんばってね~」

「えっ、きっかけっていうのは」

 ひらひらと手を振るお姉さんに、きっかけは何、と聞こうとしたが、視界が急に狭まっていき、まどかの意識はそのまま暗転したのだった。



 ミーン、ミーン、というせわしない蝉の声をききながら、まどかは重い瞼をあげた。コンクリートのザリザリとした表面を頬に感じる。生きてるみたい?眼だけ動かして周りを見るが、どうやら転落したはずの橋に倒れているようだ。汗がじっとりと服を体に張り付かせていて気持ち悪い。体が重くて動けない。どうしよう、と混乱していると、自転車のブレーキ音がそばでして、誰かが駆け寄ってくる足音がした。



「大丈夫?吐き気とかしない?」

 ずっと想っていた鈴木祥に顔を覗き込まれて、まどかはどぎまぎしながら目を泳がせ、「うん、大丈夫」と小さな声で答える。今、まどかは倒れていた橋のたもとの河原の木陰で、足を川の水に浸からせながら、祥のリュックを岩と自分の背に挟むように置いて休んでいた。祥が近くのドラッグストアで買ってきてくれた経口補水液を渡してくれる。

「びっくりした、倒れてるから。熱中症って怖いよね。」

「ほんと、祥君が通りかかってくれてよかった。ほんとにありがとう」


 実際、まどかは熱中症になりかかっていたようだった。賽の河原のお姉さんのことは夢だったとも思えるが、祥が「偶然」通りかかったことが「必然」に思えてしょうがない。

「まだ2本あるから、飲めるだけのんでね」

「そんなに飲めるかな」「確かに、きついか」ははは、と笑う祥は昔と変わらずかっこいい。気配りのできる所も大好きだ。

 自然と頬が熱くなり、今一緒にいられることが嬉しくて口がにやけそうになり、まどかは慌てて補水液を呷った。きっかけができたのは良いが、ここからは自分の頑張り次第だ。後悔したくない、言うなら今しかない、と思った。


 大分体が楽になったのでそろそろ動けそうだとまどかが言い、隣に座っていた祥が腰をあげようとしたとき、まどかは意を決して言った。

「あのさ、祥君って今付き合っている人とかいるの?」

「い、いないよ、佐々木は?」

「私も。その、良かったら今度二人でどっか遊びに行かない?食事でもいいし。しばらく会ってなかったけど、私、前から祥君の事が好きで…」

「俺も、実はさ、佐々木のこと、好きだよ」

 二人して顔を真っ赤にして俯く。



 うれし涙で泣きそうになりながら、まどかは地獄のバグに心から感謝し、次にあのお姉さんに会えたら、絶対お礼を言おう、と心に決めたのだった。





















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