第8話 雨が、止まらない夜
その夜、雨は明らかにおかしかった。
窓を打つ音が、重い。
一粒一粒が、意思を持って叩きつけてくるみたいだった。
私は寝台の上で、身を起こしていた。
眠れない。
雨音が、耳に入りすぎる。
——近い。
——遠い。
——集まっている。
情報が、勝手に流れ込んでくる。
「……だめ」
胸元の羽根が、熱を持っている。
布越しでもわかるほど、脈打つように。
抑えようとするほど、雨の声は大きくなる。
屋根の上。
家の周囲。
街道の向こう、川沿い。
雨が、ここに集まっている。
理由は、私。
「やめて……」
小さく呟いた瞬間、外で雷が落ちた。
——ドンッ。
家が揺れる。
同時に、頭の中で何かが弾けた。
雨音が、言葉になる。
——溢れる。
——流す。
——下へ。
「……聞きたくない」
でも、耳を塞いでも無駄だった。
雨は、耳じゃなく、私の中に降ってくる。
羽根が、強く震えた。
——今だ。
誰の声でもない。
でも、はっきりとした“合図”。
次の瞬間。
外の雨が、一斉に向きを変えた。
窓の外。
庭。
屋根から落ちる水。
すべてが、一方向に流れ始める。
「……っ!」
私は立ち上がり、ふらつきながら扉に向かう。
このままじゃ、家が——街が——
扉を開けた瞬間、雨が視界を埋め尽くした。
まるで、壁。
水が、私を避けて円を描いている。
中心は——私。
「ユイ!」
マレナの声が背後から聞こえる。
「外に出るな!」
言葉が、届かない。
雨音が、すべてを上書きしている。
私は、膝をついた。
若い身体でも、耐えきれない。
情報が多すぎる。
——壊れる。
そう思った、その時。
羽根が、ふっと軽くなった。
雨音が、一瞬だけ、遠のく。
そして——
耳元で、懐かしい気配。
——ほら。
——“聞く”だけじゃ、だめだろ。
声は、ない。
でも、わかる。
あの猫だ。
姿は見えない。
足跡も、瞳もない。
ただ、調律だけが残された。
羽根の熱が、ゆっくり下がる。
雨は、少しずつ元のリズムに戻っていく。
水の流れが、分散する。
集まっていた力が、解けていく。
私は、その場に座り込んだ。
雨は、まだ降っている。
でももう、叫んでいない。
マレナが駆け寄り、私の肩を掴む。
「……今のは、何だ」
答えられなかった。
嘘をつく余裕も、真実を話す覚悟もない。
ただ、はっきりしていることが一つ。
私は、雨を受け取る器じゃない。
雨と——関わってしまった存在だ。
胸元で、羽根が静かに冷えていく。
まるで、次を待つみたいに。




