第7話 気づく人
雨の中を歩いていると、視線を感じた。
マレナじゃない。
前でも後ろでもなく、横——通り沿いの露店の奥。
フードを深くかぶった男が、こちらを見ていた。
目だけが、やけに冷静だった。
私は、反射的に羽根の位置を意識する。
胸元が、微かに熱い。
——まずい。
男は、露店の店主に何かを告げると、こちらに歩み寄ってきた。
「雨の中、珍しいな」
声は穏やか。
でも、距離の詰め方が自然すぎる。
「この辺りの者じゃないだろう?」
マレナが、一歩前に出る。
「用事なら私に言いな」
男は肩をすくめた。
「いや、悪い。ちょっとした確認だ」
そう言って、視線を私に戻す。
「嬢ちゃん、濡れてないな」
心臓が、嫌な音を立てた。
「……え?」
わざと間の抜けた声を出す。
男は、空を指差した。
「この通りは、今いちばん降ってる。
なのに、あんたの足元だけ、雨の跳ね方が違う」
——見てる。
私は、足先を水たまりに踏み込む。
「今、濡れましたけど」
男は、すぐには答えなかった。
代わりに、じっと私の歩き方を観察する。
そして、静かに笑った。
「そうだな。今はな」
マレナの声が、少し低くなる。
「何が言いたい」
「いや。
“今は普通”だって話さ」
男は一歩下がり、帽子の縁に指をかける。
「雨は、嘘をつかない。
でも、人は誤魔化せる」
その言葉に、背筋が冷えた。
男は、それ以上何も言わず、人混みに紛れていく。
雨音に、気配が溶けた。
しばらく、誰も喋らなかった。
やがて、マレナが歩き出す。
「……知り合いじゃない」
私は、首を振る。
「そうだろうね」
マレナは、横目で私を見る。
「でも、ああいう手合いはね。
“気づく”んだよ。理由がなくても」
胸元の羽根が、微かに震えた。
マレナは、それに——気づかなかった。
でも、完全に疑っていないわけでもない。
「ユイ」
名前を呼ばれて、足が止まる。
「何か隠してるなら、今すぐ言えとは言わない」
一拍置いて、続ける。
「ただし。
自分で守れないものなら、外に出すな」
それだけ言って、歩き出した。
私は、その背中を見ながら、そっと羽根を握る。
——もう、遅いかもしれない。
雨は、私を隠してくれなくなっている。
それでも。
まだ、話していないことはある。
話さずに、守れるものも。
そう信じて、私は歩き出した。




