第5話 濡れない足跡
マレナの家は、街外れにあった。
木造で、壁は少し歪んでいるけれど、雨漏りはしていない。
扉を閉めると、外の雨音が一段落ち着いた響きに変わった。
「今日はここで休みな。話は明日にしよう」
そう言って、マレナは簡単な寝台を示してくれる。
私は礼を言って、制服のまま腰を下ろした。
……その時。
床に、違和感を見つけた。
土の床の上に、小さな足跡がある。
丸くて、四つに分かれた——猫のもの。
でも、おかしい。
「……マレナさん、猫、飼ってますか?」
私の問いに、彼女は首を振った。
「いや。動物は苦手でね」
じゃあ、この足跡は何?
視線を落としたまま考える。
外は雨。
足跡が付くなら、濡れているはずだ。
けれど、その足跡は——乾いていた。
私は、喉が小さく鳴るのを感じた。
「どうした?」
「……いえ、なんでも」
能力のことが、頭をよぎる。
でも、使わない。
使ったら、気づいてしまう気がした。
足跡は、部屋の中央まで続いている。
そして、そこで——途切れていた。
まるで、そこで消えたみたいに。
マレナは気にする様子もなく、棚から布を取り出して私に渡す。
「制服、珍しいな。どこの街のものだ?」
「……遠いところです」
嘘じゃない。
ただ、説明できないだけ。
夜になって、灯りを落とす。
私は寝台に横になり、天井を見つめた。
雨音が、また近くなる。
その中に、混じる音。
——とん。
軽い着地音。
心臓が、跳ねた。
でも、部屋の中に動く影はない。
足跡も、増えていない。
代わりに、枕元に一枚の羽根が落ちていた。
灰色で、雨に濡れていない羽根。
猫に、羽根はないはずなのに。
私は、そっとそれを指でつまむ。
冷たくて、軽くて——
なぜか、安心する。
耳元で、誰かが笑った気がした。
でも、振り向いても、何もいない。
雨音だけが、すべてを覆っていた。
私は羽根を握ったまま、目を閉じる。
あの猫は、いなくなったんじゃない。
見ているだけだ。
そう、はっきり分かってしまった。




