第23話 街に残ったもの
最初に気づいたのは、私じゃなかった。
「……変だね」
朝、市場へ向かう途中、マレナが足を止めた。
石畳の隅。
まだ乾ききっていない地面に、**小さな跡**があった。
丸くて、浅い。
爪の痕が、かすかに残っている。
私は、息を止めた。
「……猫?」
言いながら、分かっていた。
違う。
その跡は、雨に濡れていない。
周囲は湿っているのに、
そこだけ、水を弾いたみたいに残っている。
——街の中だ。
谷でも、外れでもない。
人が多く、
声が重なり、
選択が日常的に行われる場所。
「昨日、猫なんて見たかい」
マレナは、独り言みたいに言う。
私は、首を振れなかった。
足跡は、一つじゃなかった。
露店の裏。
壊れた屋根の下。
濡れた荷車の影。
**被害が出た場所ばかり**。
しかも——
全部、誰かが「次は完全に止めろ」と言った場所。
胸の奥が、静かに冷える。
——示している。
選択が、ここで行われた。
「……マレナ」
声が、低くなる。
「これ、
自然じゃありません」
「分かってる」
彼女は、即答した。
「谷じゃなく、街に出たってことは」
一拍。
「**人が、決め始めた**」
その言葉が、重かった。
私は、耳を澄ました。
雨の声は、遠い。
でも、消えていない。
——急げ。
——偏り始めてる。
街の中で、
誰かが「雨を止める」ことを
**自分の正しさとして選び始めている**。
その選択を、
猫は——
見届けに来た。
説明もしない。
止めもしない。
ただ、痕跡を残す。
「……警告、ですか」
私が言うと、
マレナは、少しだけ首を振った。
「記録だね」
「後で、
“ここで決めた”って分かるように」
私は、足跡の一つに、そっと指を近づけた。
触れない。
触れられない。
そこには、
確かに“見られた”気配だけが残っている。
その夜。
街の上空に、雲が溜まり始めた。
でも、雨は降らない。
まるで——
**誰が次に決めるかを、待っているみたいに**。
私は、窓から外を見て、静かに呟いた。
「……来たんだね」
猫は、姿を見せない。
でも。
もう一度、
街が選ぶ夜が来る。
それだけは、はっきり分かった。




