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雨の音から始まる、静かな異世界転生  作者: レイン
第三章 聞いてはいけない雨
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第21話 先代が選んだ夜

雨が上がった朝、谷は静かだった。


 水を含んだ土が、重たく息をしている。

 崩れた小屋はそのまま残り、直される気配はまだない。


 それでも——

 人は、生きていた。


 街も同じだった。


 被害は出た。

 屋根は壊れ、道は削られた。


 でも、壊滅ではない。


 「……境目だったね」


 谷を見下ろす高台で、追跡者が言った。


 朝の光の中で見る彼は、昨夜よりもずっと疲れて見える。


 「ここまでは、先代と同じだ」


 私は、黙って耳を傾けた。


 聞く覚悟だけは、できていた。


 「先代が動いた夜もな」


 男は、遠くを見る。


 「街と、谷。

  ほぼ同じ状況だった」


 胸の奥が、ゆっくり冷える。


 「街は、人が多かった。

  商いがあり、生活があった」


 「谷は?」


 私が聞くと、男は短く答えた。


 「静かだった」


 それだけで、十分だった。


 「先代は、迷わなかった」


 男の声は、感情を挟まない。


 「街を守った」


 私は、息を吸った。


 「……止めたんですか」


 「完全に、な」


 雨を、遮断した。

 流れを断ち切った。


 谷へ行くはずだった水も、

 別の場所へは行かせなかった。


 「結果」


 男は、地面を一度、踏みしめる。


 「その夜、街は救われた」


 英雄だった。

 讃えられた。


 「だが、谷は」


 言葉が、一拍遅れる。


 「雨を失った」


 私は、眉をひそめた。


 「……失った?」


 「流れを奪われた水は、戻らなかった」


 男は、静かに続ける。


 「次の季節、谷は干上がった」


 雨が降らない。

 川が痩せる。


 作物が育たない。


 「谷の人間は、街へ流れた」


 仕事を求めて。

 食べ物を求めて。


 「街は、溢れた」


 そこで、ようやく分かった。


 止めた雨は、

 その夜だけの問題じゃなかった。


 「先代は、後で気づいた」


 男の声が、わずかに低くなる。


 「止めたのは、災いじゃない」


 「**循環そのものだった**と」


 私は、羽根を握った。


 昨夜、冷えたままのそれ。


 「先代は、戻そうとした」


 「でも」


 男は、首を振る。


 「一度、奪った流れは、

  自分の意思じゃ戻らない」


 雨が、避けるようになった。

 水が、先代を信じなくなった。


 「最後は」


 そこで、男は初めて私を見る。


 「先代自身が、

  “止めるべきもの”になった」


 喉が、詰まった。


 「……殺されたんですか」


 「違う」


 即答だった。


 「**選ばれなくなった**」


 雨に。

 流れに。

 世界に。


 「聞こえなくなった」


 男は、そう締めくくった。


 沈黙が、落ちる。


 風が吹き、

 谷の土の匂いが立ち上る。


 私は、ようやく言葉を探した。


 「……私は」


 声が、小さくなる。


 「同じ夜に、同じ選択をしなかった」


 男は、頷いた。


 「だから、まだ立っている」


 「でも」


 私は、空を見る。


 「正解じゃない」


 「そうだ」


 男は、否定しない。


 「だが」


 一拍。


 「**世界に決断を返した**」


 それが、

 先代との決定的な違いだった。


 その時。


 谷の下、乾きかけた水たまりに、

 小さな波紋が広がった。


 風もないのに。


 ——雨じゃない。


 私は、耳を澄ます。


 何も言わない水。

 でも、拒んでいない。


 「……まだ、聞けます」


 私が言うと、

 男は、初めてわずかに表情を緩めた。


 「それでいい」


 「聞け」


 「だが、決めるな」


 私は、静かに頷いた。


 先代が戻れなかった場所に、

 私は、まだ立っている。


 それだけで——

 この夜は、違った。

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