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雨の音から始まる、静かな異世界転生  作者: レイン
第三章 聞いてはいけない雨
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第20話 どちらの雨か

 雨は、夜になってから来た。


 最初は、気配だけ。

 風が止み、空気が重くなる。


 私は、眠れないまま起きていた。


 耳を澄まさなくても、分かる。

 ——**二つ、ある**。


 街の上に溜まる雨。

 谷の奥で、戻りきらない雨。


 どちらも、限界だった。


 「……来るね」


 隣で、マレナが言う。


 灯りの下、彼女は外套を羽織っていた。

 もう、察している。


 私は、ゆっくり頷いた。


 「両方は……」


 「無理かい」


 「……はい」


 言葉にした瞬間、

 胸の奥で何かが、きしんだ。


 雨を聞く。


 ——守って。

 ——戻して。


 街は、声が多い。

 人の生活が、重なっている。


 ——ここに、溜まりすぎ。

 ——また、壊れる。


 谷は、低くて、重い。

 土と水だけの声。


 私は、羽根を握った。


 ……反応が、弱い。


 共鳴しない。

 いや、**譲ろうとしている**。


 「……選べ、ってことですか」


 誰に向けた言葉か、分からない。


 その時。


 屋根の上を、軽い音が走った。


 とん、と。


 視線を上げる。


 白い影。


 猫だった。


 雨に濡れないまま、

 屋根の縁に座っている。


 こちらを見るだけ。


 何も言わない。

 目を逸らさない。


 ——見届ける。


 私は、息を吸った。


 「街を守れば」


 言葉が、震える。


 「谷が、壊れます」


 「谷を通せば」


 続けるのが、つらい。


 「街が……」


 マレナは、黙って聞いていた。


 そして、静かに言う。


 「街には、人が多い」


 「……はい」


 「谷には、少ない」


 「……はい」


 数字の話。

 正しさの話。


 でも。


 雨は、数を知らない。


 ただ、行き場を求めている。


 私は、目を閉じた。


 ——聞くだけ。

 ——返事は、しない。


 そう、決めたはずなのに。


 この夜は、違った。


 **どちらにも、行き場がない。**


 なら。


 私は、答えを出さずに、

 **時間を作る**。


 「……少しだけ」


 目を開ける。


 「街の雨を、散らします」


 マレナが、目を細めた。


 「止めるんじゃない」


 「はい」


 「遅らせるだけです」


 雨を、細かく。

 屋根から屋根へ。


 流れを、割る。


 完全には、防げない。

 でも——


 谷へ一気に行く前に、

 **間を作れる**。


 私は、耳を澄ました。


 返事は、しない。


 ただ、道を増やす。


 雨は、戸惑いながらも、

 ゆっくりと動き出す。


 ざあ、という音が、

 ばらばらになる。


 その瞬間。


 羽根が、静かに冷えた。


 役目を、果たしたみたいに。


 猫が、立ち上がる。


 一度だけ、尻尾を振って。


 そして——

 夜に溶けた。


 雨は、降り続ける。


 被害は、出る。


 でも。


 壊滅ではない。


 どちらも。


 私は、立っていられなくなり、

 その場に座り込んだ。


 「……正解じゃ、ないですね」


 マレナは、そっと肩に手を置く。


 「でも」


 静かな声。


 「逃げなかった」


 それだけで、十分だった。


 遠くで、雷が鳴る。


 雨は、まだ降っている。


 でも——

 世界は、私に決断を奪われていない。


 私は、ただ。


 **雨が選ぶ時間を、稼いだだけ**だ。



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