第2話 雨の部屋と、猫
雨音は、まだ続いている。
私は上半身を起こして、自分の身体を見下ろした。
さっきまでは気づかないふりをしていた違和感が、もう無視できない。
……制服だけど。
黒いジャケットに、少し硬めのスカート。
見慣れた制服。
確かにこれは、昨日まで着ていたものと同じ——はずなのに。
袖から伸びる腕が、細い。
驚くほど、細くて短い。
「……え?」
ベッドから降りて、部屋の隅に置かれた鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、制服を着た少女だった。
目が大きくて、頬にまだ丸みが残っている。
面影はあるのに、どう見ても若い。
息が、詰まった。
「……若返ってる」
口に出して、ようやく実感が追いつく。
死んだはずで、知らない部屋で、年齢まで巻き戻っている。
現実感が、音を立てて崩れそうになった、その時。
——にゃあ。
小さな声が、雨音に混じって聞こえた。
反射的に、視線を向ける。
窓辺に、猫がいた。
毛並みは灰色。
でも、ただの灰色じゃない。
雨に濡れているわけでもないのに、淡く光を含んだような色合いで、輪郭が少しだけ曖昧だった。
なにより、おかしかったのは——
その猫の瞳。
金色なのに、奥で模様のような光がゆっくり回っている。
まるで、夜空を閉じ込めたみたいな目。
猫は、窓枠に座ったまま、じっと私を見ていた。
逃げもしないし、鳴きもしない。
……見られている、というより。
観察されている。
そう感じた瞬間、猫が小さく首を傾げた。
——ふむ。
確かに、そう聞こえた。
「……え?」
声を出した私を見て、猫は満足そうに尻尾を揺らす。
——条件一致。年齢修正、正常。
——記憶保持、問題なし。
淡々とした声。
猫の口は、確かに動いていた。
私は、何も言えなくなった。
猫は窓から軽やかに飛び降り、私の足元に座る。
そして、当たり前みたいに告げた。
——ようこそ。
——ここは、君の「次の世界」だよ。
雨音が、少しだけ強くなった。
その音を聞きながら、私は理解してしまう。
これは夢じゃない。
事故の続きでもない。
異世界だ。
そして、この猫は——
たぶん、ただの猫じゃない。




