表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨の音から始まる、静かな異世界転生  作者: レイン
第三章 聞いてはいけない雨
18/22

第18話 聞いてはいけない雨

 猫の足跡は、谷のさらに奥へ続いていた。


 崩れた地面でもない。

 水が溜まった場所でもない。


 **何も起きていない場所**。


 それが、不気味だった。


 「……ここ?」


 思わず声に出すと、音が吸われる。

 風が止み、鳥の声もしない。


 マレナは少し離れた場所で足を止めた。


 「これ以上は、嫌な感じがする」


 その感覚は、正しい。


 でも、足跡はそこで終わっていた。


 最後の一歩。

 小さくて、白くて。


 そして——

 その先には、何もない。


 私は、耳を澄ました。


 最初は、何も聞こえない。


 次に、遠くの川。

 土に染みる水。


 いつもの“雨の声”。


 ……違う。


 それとは別に、

 **重なってはいけない音**があった。


 ——残りたくない。

 ——流れたくない。

 ——ここに、いたい。


 私は、息を止めた。


 「……これ」


 雨じゃない。


 水そのものでもない。


 **ここで失われるはずだったものの声**。


 雨にならなかった水。

 川に行かなかった流れ。


 本来なら、

 選ばれずに消えるはずの可能性。


 それが——

 話しかけてきている。


 ——聞いて。

 ——選んで。


 胸の奥が、強く引かれる。


 分かってしまった。


 これを聞いて、

 答えを返してしまえば。


 私は、

 **世界の代わりに決める側**になる。


 先代と、同じ場所。


 「……だめ」


 小さく、でもはっきり言った。


 声に出すことで、

 自分を現実に縫い止める。


 ——どうして。


 ——あなたなら。


 羽根が、熱を持つ。


 共鳴が、強すぎる。


 聞けてしまう。

 理解できてしまう。


 それでも。


 私は、一歩下がった。


 「私は、聞く役でいい」


 答えは、返さない。


 選択は、しない。


 「選ぶのは……

  あなたたち自身でしょ」


 その瞬間。


 音が、すっと引いた。


 引き潮みたいに。


 残ったのは、

 ただの静けさ。


 猫の足跡も、

 そこから先はなかった。


 私は、その場に座り込んだ。


 膝が、少し震えている。


 「……今の、何だったんだい」


 マレナの声が、少し遠い。


 「聞いてはいけない雨です」


 そう答えると、

 自分でも驚くほど、しっくりきた。


 「聞けるけど、

  返事をしちゃいけない」


 マレナは、何も言わなかった。


 ただ、そっと肩に手を置く。


 その温度で、

 私はようやく息を吐いた。


 遠くで、雷が鳴った。


 でも、雨は降らない。


 降る前の沈黙。


 それを、世界が**自分で選んでいる**。


 私は、それを——

 ただ、聞いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ