第17話 雨に濡れない足跡
白い足跡は、谷の奥へ続いていた。
濡れた土の上なのに、
そこだけ、水を弾いたみたいに乾いている。
昨夜の雨は、かなり強かったはずだ。
谷の斜面はぬかるみ、
踏みしめるたびに、靴底が重くなる。
それなのに。
足跡の輪郭は、くっきりと残っていた。
流されてもいない。
崩れてもいない。
まるで、
**最初から濡れることを拒んだみたいに**。
私は、無意識に足を止めていた。
近づくほど、違和感が強くなる。
白い。
土の色をしていない。
石灰でも、灰でもない。
光っているわけでもないのに、
周囲から浮いて見える。
「……これ」
声に出した瞬間、
雨音が、一段だけ遠のいた気がした。
谷は静かだ。
水が滴る音。
葉が擦れる音。
どれも、はっきり聞こえる。
それなのに、
足跡の周囲だけ、
音が吸い取られている。
私は、しゃがみ込み、
そっと手を伸ばしかけて——止めた。
触れてはいけない。
理由は分からない。
でも、分かってしまう。
この足跡は、
「通った」証じゃない。
**見られた**証だ。
谷の奥へ向かって、
足跡は一定の間隔で続いている。
迷いがない。
急ぎもしない。
ただ、
選んだ道を、そのまま辿っている。
私は、喉を鳴らした。
雨は、もう止んでいる。
でも。
この足跡だけは、
**雨の前から、ここにあったみたいに**
変わらず、残っていた。
——追うべきか。
——追って、いいのか。
答えは、聞こえない。
それでも、
足は自然に、
白い跡の先へ向かっていた。




